非生産的ロデオ

 俺はなぜ暴れている馬にわざわざまたがって、そのまたがっていられたタイムを競い合っていたのか。どうしてこんなことを続けてきたのか。今までさんざん土日になると暴れ馬にまたがり、調子に乗って片手を離したりしてきたが、そんなことは少しも疑問に思わなかった。弟が大学に行くまでは。
「兄貴はどうしてわざわざ大暴れしている馬にまたがるんだ」
 みんなで楽しく晩飯を食べている時、弟は言った。
「そんなの俺の勝手だろ」
「暴れてる馬にまたがるなんて、非生産的だ」
「ひ、せ……なんだと」
 俺は父さんを見た。
「ジョニー、生産的でないという意味だ」
「せいさん……」
 俺は母さんを見た。
「なにも生まれないってことだよ」
 俺は弟を見た。
「何も生まれないって、う、う、う、うっせーよ。じゃあお前はどうして毎日、大学に行くんだよ」
「勉強するためだよ」
 俺は父さんを見た。
「合ってる」
 俺は震えながら母さんを見た。母さんは黙って、ゆっくりとうなずいた。俺は汗をダラダラかき始めた。
「僕は兄貴みたいに不毛なことはしない。大学に行ってるからね」
「ジョニー、座って食べなさい」
 俺は動揺するあまり、いつの間にか立ち上がっていたのだ。弟は大学に行っているだけあって、座ったまま、ピザを折りたたんで上手に食っていた。テーブルの上、弟の前は、飯こそ無くなれど、「いただきます」を言った時と何も変わらない状態だった。あれから三十分ぐらい経っているはずなのに。一方、大学に行っていない俺の席は、ピザソースやチーズやサラミやピーマンが沢山落ちて、ジュースを飲み終えたプラスチックのコップも倒れていた。フォークは、まだ使いたいのに、持つところの方まで皿の中に入って汚れていた。俺には、ピザを折りたたんで食うなんて考えもつかなかった。そして、誕生日とクリスマスにしかガラスのコップを使わせてもらえなかった。
 翌日は土曜日だった。俺は牧場へ向かったが、いつものような、よし今日も暴れてる馬に長い間乗るぞ、という気持ちではなかった。俺はゆううつな気持ちになっていた。着いてみると、既に俺の仲間たちが来ていて、ちょうど、馬を興奮させて、暴れ馬を作っているところだった。
「馬づら! 馬づら!」
「四本足! 四本足!」
 俺は立ち止まり、その様子を眺めた。仲間達は、反復横跳びのような動きで馬のまわりをちょこまかと動き、時々尻のあたりにちょっかいを出しながら、さんざん悪口を言っていた。いつもの光景だ。しかし、いつもの俺ではなかった。
「ジョニー!」
 アーチーが俺に気付いて、馬の尻だか腰だかを小枝で突きながら、叫んだ。
「早くこっちに来て、『マツリダゴッホ』をやってくれよ!」
 それは俺の得意技だった。『マツリダゴッホ! マツリダゴッホ!』とダサい名前をつけてしつこいぐらい呼びながら馬のまわりを全力疾走で駆け回り、時々ケツのあたりを濡れたタオルでひっぱたくことで、馬を限界まで怒らせる俺の十八番。
 俺はゆっくりと歩いていった。仲間達も様子がおかしいことに気付いたのか、立ち止まった。
「俺は大学に入る」
 俺はそう宣言すると、ぽかんとしている仲間を置いて、その日は帰った。やっぱり弟の言ったとおりだった。俺達はああやって馬を怒らせたら、大暴れしている馬をみんなでワーワー言いながら取り囲んで、ワーワー言いながら一人乗って、ワーワー言いながら他の奴は逃げて、ワーワー言いながらタイムを計って、落ちたら落ちたでワーワー言うんだ。そして時々ケガをする。俺達は、どうしてこんなことをしているんだ。
 次の土日、俺が牧場へ行かないでいると、仲間達が心配して俺の家までやって来た。俺は詳しく話した。豆辞典を片手に話した。俺たちのやっていることは…………ひ…ひ…ひ…ビスマルク…美声……非……生……産的、非生産的、役に立つものを何も生み出さないさまであること、それから…………ふ…ふ…ふ…不滅…譜面……不…毛……不毛、土地がやせていて穀物その他の作物ができないこと、なこと。
「俺達は穀物なんて作ってないじゃないか!」「ほら、やっぱり弟にからかわれたんだよ!」「ジョニーの弟の奴、サークルに入ってることを鼻にかけやがって!」
 みんなが俺に詰め寄った。大学に行っている弟が言葉の意味を間違うとは、信じられなかった。なぜ弟は、農業に関する言葉を言ったのだろうか。
 俺はテーブルのところで新聞を読んでいる父さんを見た。
「もう一個意味ないか」
 俺と仲間達は首をつき合わせ、辞書をよく見た。確かに、もう一つ意味があった。
「転じて、い…一般に、…せい……せい……なりはて……の……?」
「成果」
 父さんが言った。
「せいかの…じつ……じつらなぃ……」
 俺は父さんを見た。
「実らないこと。転じて、一般に、成果の実らないこと」
 父さんは辞書を見ていないのにもかかわらず、文章の最初から終わりまで言った。俺達は全員、マジックショーに行った時の目で父さんを見て、それから下を向いて黙り込んだ。
 数年後、生まれ変わった俺達は一人、また一人と工業大学へ入学した。一つの時代が終わりを告げたのだ。もう、大暴れしている馬に乗ってタイムを競うことはない。考えてみれば、馬には悪いことをした。いやがっているんだから、止めてやればよかった。
 さらに時が経つと、俺たちは以前では考えられないほどの単位を手にしていた。ピザを折りたたみ、パスタを食う時にスプーンも使うようになった。そして俺たちは、一人も欠けることなく、研究室に入った。そして、大学の研究費を使って、暴れ馬をオートメーションで機械化し、ロデオマシーンと名付けた。俺たちはもう二度とあの非生産的な過ちを繰り返すまいと、マシーンにあえて馬の首から上の模型を取り付けなかった。
 今日では、世界中の非生産的な仕事をしている連中が、俺達の開発したマシーンをバツゲームに使用している。
「今は何でも機械にしちゃうんだね」
 母さんが言った。
 そう、機械化の時代、そして、学歴社会なんだ。俺は大暴れしている馬から降りることで、そのど真ん中に飛び込んだ。こうなった今も、不毛だった昔も、俺はどちらも、それでよかったと思っている。今は毎日グラスを使ってもいいようになったし、弟はニートだからな。