僕は林林君がゲロ吐くまで見てた

「もうゲロ吐くよ」
 バスに乗っているわけでもないのに、放課後、楽しく遊んでいただけなのに、林林(はやしばやし)君は突然座り込んでそう言った。そして、顔色も悪かった。あんまりメロンって感じがしない網あみのないメロンの外側みたいな色になってた。
「吐いちゃだめだよ、バヤシ君」
「リンリン、頑張って。ガッツガッツ」
「飲み込むんだよ、シバヤシ。胃の方に追い返しちゃいなよ」
 林林君はチラッと僕達を見上げた。僕はその目を見たことがあった。テレビのガチンコファイトクラブで何度も見たことがあった。飢えし狼というよりも、根性の捻じ曲がった口だけ狼の目。敵意むき出しの黒目、あと白目。僕はこんな目は、お母さんにしか向けたことがない。あの時、お母さんは明らかに筋の通っていないことを言ったのだ。始めのカードを切ったのは、お母さんだ。そして、僕が黙っていたら、どんどん怒り出した。僕は話を聞いているだけなのに、お母さんは自動的に怒り出していった。ちょっとした注意から僕を閉め出すところまで、全自動洗濯機のやり方でいった。その時に、僕はお母さんをにらみつけた。叩かれた。でも、お母さんはそれから色々あって最終的にご飯を部屋に持ってきてくれた。
「かなりせりあがってきてる。ここまで出かかってる」
 林林君は、手をのどのところに水平に当てて芸能人の名前がどうにも思い出せない時みたいなことを言ったけど、この場合、芸能人はゲロなのだ。つまり、シャ乱Qメンバーで、つんく、はたけ、まこと、まで思い出せている場合、たいせいがゲロなのだ。
「バヤシ君、吐いちゃえば。いっそ吐いちゃってみれば」
「うん、うん」
「だめよ。リンリン、吐いちゃだめ。絶対だめ。もらいゲロが怖いの、私怖いの。友達の口から出てきた消化しかけのあげパンなんて見たくない。吐いたら絶交よ」
「え? うん、うんわかった」
「シバヤシ、もうあったかくして寝ろよ。それが一番だよ」
「屋外」
 林林君はもうダメみたいで、orz のような状態になっていた。僕達はそれを見下ろし気味に立っていた。そしたら、なぜか、堀堀(ほりぼり)さんがサッカーボールを林林君の背中に乗せた。林林君は今の今まであんなに調子が悪そうだったのに、一挙にサッカーボールで曲芸をする人みたいになった。小早川小早川(こばやかわごばやかわ)君がちょっと鼻で笑った。でも、林林君はそれからずっと動かなかった。
 やがて、林林君はゲロを吐いたみたいだった。その時には、僕達はだいぶ離れた水道のところにいたけど、ゲロがちょぼっと出たのと、ボールが落ちなかったのだけはわかった。従兄の中学生のマタアキ君が見たら、シュールな画、とか言うんだろうなあと思って、そのニキビ面がありありと浮かんできたので、僕はなんだか凄く腹が立った。