博士と機械

「今回の発明は、自分らしさがよく出ていると思う。今まで色んな発明をしたけど、今回の発明ほど自分史を書きたくなるものは他に無かった。ちょっと実際にやってみよう。まず、そこに立ってみたまえ」
 博士が後ろに手を組んだ余裕の体勢で助手に向かって指示を出すと、助手は大きな機械の前に立った。その機械は、博士の説明を借りて説明すると、まずメインとなる大きな立方体はメインコンピュータ装置部分で、一方に巨大液晶ディスプレイがついており、その下部には青・黄・赤の三つのボタンがついている。そのボタンを押すことで、メインコンピュータ装置部分の天辺から上に伸びたスポーツマンユニット部分が自動的に動いて動いてしょうがないのだ。スポ−ツマンユニット部分の先端には、フック船長アタッチメント部分がついており、ここがあとあと効いてきて、この発明の全てを見た人は多分、あそこが一番良かったと言うだろうのだ。
「まず、青いボタンを押してみたまえ。ずっと押すんだ。その時、目の前の画面では、気をそちらに引きつけておくオトリとして、ドラえもんが小さくなってアリの巣に行く回のアニメが流れる。君は実験台の役なので、ずっとそっちを、ドラえもんを見ているんだぞ」
 助手が青いボタンを押すと、本体の上に飛び出した細長いスポーツマンユニット部分(クレーン)が、こちら側の斜め上に向かって伸び始めた。非常にゆっくりとした、焼き芋屋のスピードで伸びていく。そして同時に、ディスプレイでは、のび太がろくに宿題もしないで部屋に寝転がっている映像が流れ始めた。助手はボタンを押しながらも、そっちに夢中になった。
「連打すると少し速くなるよ」
 博士は言ったが、実はのび太はただ宿題をさぼっていたのではなく羽アリのことを見ていたことがわかったので、助手はますますそっちに夢中になり、連打せずにそのままドラえもんを見ていた。クレーンはゆっくりとした速度で、なおも伸びていた。
「連打してみたら?」
 博士は、上と助手を交互に見ながら言った。
「おもしろいかもよ」
 助手はドラえもんを見ながら連打を始めた。なるほど、少し伸びる動きが速くなった。そして、伸びきった。
ドラえもんおもしろい?」
 助手は返事をしなかった。博士は気を取り直して、一つ威厳ある咳払いをした。
「次に、黄色のボタンを押してみたまえ」
 助手の方は、いよいよドラえもんが秘密道具の「うつしっぱなしミラー」を出してくれておもしろくなってきたところだったので、顔は前を向いたまま画面から目を離さずに、とりあえずボタンをバシバシ叩くように押し始めた。博士はそれを制したいように手を前に出して言った。
「青押してるよ、ねえ。あとあんまりバシバシやらないで。ねえ、だから青押してるって、それ青。見て。ちゃんとボタン見て。黄色のボタンだよ、その隣。あっ、ほんと、あんまりバシバシバシバシ…さぁ」
 すると、何かの拍子で、助手の手によって黄色のボタンが押された。すると、クレーンの先からフックのついたロープが、助手の背後にゆっくり降りてきた。博士はホッとして、手を後ろに組んだ。しかし、のび太がアリの観察にのめりこんでいく過程に気をとられた助手が途中でボタンから手を離し、フックは頭の上のところで止まった。
「もっと。もっとずっと押して」
 助手は指示通りにまた押し始めたが、相変わらずドラえもんを見ており、口も開いていた。時々手が止まり、そのたびに博士は「ボタンボタン」と言った。止まったり動いたり、フックはようやく助手の尻の後ろまで来た。
「次に、いよいよ赤を押してみたまえ。黄色いボタンもう離していいよ。ねえ、離していいよ」
 しかし、今、画面では、のび太が一日中鏡ばかり見ているから注意してくれとママに言われたパパが逆にアリの観察に夢中になってしまうという非常にいい場面だったので、助手はまったく聞いていなかった。
「赤を押したまえ」
 助手は黄色いボタンを押したまま、ドラえもんを見ていた。
「赤だよ、赤いボタン。黄色はもう離していいんだって。大丈夫だから。ほら、赤いボタン。すぐ隣、すぐ隣」
 画面では、出来杉くんとしずかちゃんが仲間に入れて欲しいと言ってきたところだった。のび太は快くOKした。
「押しちゃうよ?」
 博士は腕を割り込ませて、赤いボタンを押した。すると、クレーンが少し縮み、ロープが巻き取られ、フックが助手のズボンのお尻部分に引っかかった。そして、その一点を支えにして、助手を上へ上へと持ち上げていく。ぐんぐん上昇していく。助手は尻だけ上がった形で空中にぶら下がり、そこで機械の動きが止まった。止まる際の衝撃で、少し助手が揺れた。
 博士は本来ならここで、発明の成功に大喜びするところだったが、助手はその姿勢でなお、動じることなくドラえもんを見ていた。博士はしばらくその様子を見守っていたが、やがて助手がただドラえもんを見ているだけなことに気づくと、言った。
「終わったよ」
 しかし、ドラえもんの方はまだ終わっていないというか、これからいよいよ巣に連れて行かれたイモムシの赤ちゃんを助けるためにみんなで突入するというところなので、助手は博士の声が聞こえているのかいないのか、そのまま何の動きも見せなかった。
ドラえもんそんなにおもしろい?」
 助手は尻のとこでプランプラン揺れながら、やはり何も答えなかった。ただただドラえもんを見ている。しばらくして博士も、体重を後ろに落として腕を組み、ドラえもんを見始めた。イモムシの赤ちゃんは尻から甘い汁を出して平気だった。色々あってアリから学んだのび太は、自分から宿題をやり始めた。博士はだから、それならまぁよかったな、と思った。