四人のカリスマシェフ

 足の親指の爪が死んでいるカリスマシェフ、ポワソン椎野は、料理特番「カリスマフランス料理バトルロワイヤル」を直前にひかえて、靴と靴下を隠されたのだった。このままでは、このままでは死んだ爪を見せながら料理することになる!
「時間です、スタジオ入りしてください」
 ADと思われる女に呼ばれたポワソンはあせった。料理とは食べる人の心そのもの。死んだ爪を見せながら料理するシェフのフルコースは、おばあちゃんちに行くとどんどん出てくるお茶菓子レベルにまで成り下がるのだ。しかし、もう時間、新しい靴を買っている暇はない。このまま行くしかない。大丈夫、料理は食材だ。ポワソンはほんのちょい前とはまるで違うことを自分に言い聞かせながら裸足でスタジオ入りした。
 今宵、集められたフランス料理のカリスマシェフは四人。それが一人ひとり順番に、重厚な扉が開くと同時に噴出された白いモクモクの中から姿を現すという憎い演出である。
「エビを使った料理が得意だし好き! ポワソン椎野!」
 ブシュウウウ。
 はきはきしたアナウンスとともに噴出された白いモクモクがゆっくりと晴れると、ポワソン椎野が姿を現した。スタジオに入れられた300人の観客は拍手で迎えたが、足元まで見えるようになり、裸足でしかもよく見ると親指の爪が死んでいるカリスマシェフを目にすると、げんなりした顔で拍手を徐々に止めた。死んでいる親指の爪にカメラが向けられ、あとあと料理が大写しにされる特設キッチンの上の巨大スクリーンにどアップで映し出された。なぜか少し拍手が起こった。
「ビストロスマップから学ぶ男! クレソン後藤!」
 ブシュウウウ。
 観客は気を取り直そうとさっきよりこころもち大きな拍手を贈ったが、モクモクが晴れると、そこに現れたのは乳首の部分を切り取られたシェフ服を着ているカリスマシェフだったので、それに気付いた者から拍手を止めた。スクリーンにはまたしても、乳首と、扇風機につけられたビニールの紐みたいな長い毛が映し出された。これはちょっと凄い毛だ。何度も言うが、このスクリーンには後で色とりどりのオシャレなデザートなども映し出されるのである。
「隠し味にすぐ醤油使って和を気取る! ポタージュ古谷!」
 ブシュウウウ。
 疑心暗鬼になった観客は、弱い拍手をしてポタージュを迎え入れた。モクモクがなくなると、観客の目には、片方の袖だけ肩から破り取られたカリスマシェフの姿が飛び込んできた。すかさずカメラがそちらの腕側に回り込むと、その腕には「SOS団」と彫られていた。観客は迷いながらも拍手していたが、その中の知識のある者から、涼宮ハルヒっていうアニメだかなんだかのどうのこうのだよ、という情報がまわると、何か冷たい目つきに変わって手も止まった。
「大学ではドイツ語選択! プロヴァンス南仏!」
 ブシュウウウ。
 もう何も信じられない観客は拍手などしなかったが、姿が現れると、とてもまともで大学も出ているようなので、拍手を始めた。恰幅のいい体にシェフ服はどこも破損なく着こなされ、長いコック帽が伸びている。そうだ、これがシェフのあるべき姿だ。万雷の拍手が鳴り響いた。
 ポワソン、クレソン、ポタージュの三人は、プロヴァンスをにらみつけた。オシャレにシェフルック決めこみやがって、あいつが犯人に違いない。あいつが、自分達の死んだ爪や乳首の毛、熱狂的アニメ趣味を公衆の面前にさらした張本人だ。
 その時、やる気を出したカメラワークが冴えに冴えた。カメラは上空へと抜けていきながら、プロヴァンスを撮り下ろす形になった。すると、コック帽の天井が抜けているのがわかった。さらに真上からのぞきこむ形になると、完全なうすらバーコードはげ頭が映し出された。そして、それがスクリーンにアップになった。なんか変なシミもあったので、観客は全員、ゴルバチョフを思い浮かべ、拍手をぴたりと止めた。
 三人のシェフは驚いた。バカな。あのハゲ、あいつも被害者だと。じゃあ、誰が自分達を陥れたというんだ。タヌキか、タヌキの仕業なのか。
 四人のカリスマシェフが戸惑っていると、なんと今大人気のジョニー・デップがマイクを持って出てきた。今日のために渋谷から集められた若い女性中心の観客は目を疑いながらも立ち上がり、歓喜と狂気の声をあげた。ジョニー・デップは見上げるほど高い場所にある豪華な台の上にあがると、軽く手を上げた。また凄い歓声があがった。そして、ジョニー・デップが英語で喋り始めると、スクリーンにもその姿が映し出され、画面の下に字幕が表示された。
「ただ今から、四人の中年カリスマシェフどもに身の丈にあわない芸術的なフランス料理を作らせて、僕が、時間があって食べたかったら食べるし食べたくなかったら食べないし。次回作とDVDもよろしく」
 観客はもう席を離れて、ジョニー・デップがいる台の下に詰め寄り、触ろうとしているのかなんだか必死で腕を伸ばしていた。爪が死んだりハゲたりしているカリスマシェフたちは、用意された四つの跳び箱(一段)の上にそれぞれ立ち、手を前に組み合わせて、その様子を眺めていた。