はさかる魔人

 家に帰ると、部屋の本が全部本棚から出されて床に積まれていた。はめ板も全部外されていて、本棚がただの木箱になったとこに筋肉モリモリの青い奴が挟まっていた。少し斜めになって、はみ出していた。向こう向いてた。
「おい!」
「んっ……」
「こっち向けよ!」
 魔人はこっちを向こうとゴトゴト頑張っていたが、無理だとわかると、そのままの体勢で喋った。
「おかえりなさい」
「おかえりなさいじゃないよ。何してんだよそこで、人の部屋で。もう、ほら、本とか全部……なんで出しちゃうんだよ。板も外しちゃって……」
「そんなこと言ったって、出さないと入れないじゃないですか」
「そもそもなんで入るんだよ。わざわざそこに、必要ないだろ。ベッドとかあるじゃん。この図鑑とか、久々に表紙見たよ……」
「どの図鑑ですか」
「動物のだよ」
「僕、植物の方なら、さっきじっくり見ちゃいましたよ。片付ける時にそういうことありますよね」
「片付けてねえだろ!」
「ていうか小さい頃の図鑑とかって、なんか捨てられませんよね。むしろ親の方が」
「うるせえよ背中向けたまま。お前なんだよ、誰なんだよ!」
「見てのとおり、魔人ですよ」
「背中しか見えねえじゃねえか!」
「背中で語る魔人ですよ」
「黙ってろ!」
「そんなこと言わないで。これから、僕と色々ありますよ。楽しみでしょ。『To LOVEる』みたいでしょ」
「楽しみじゃねえし、『To LOVEる』みたいでもねえよ。『To LOVEる』見てるのかよ」
「……とにかく、だから出るの手伝って下さい。助けて下さい」
「出たら本棚を直せよ」
「それは大工さんとかに頼んでくださいよ」
「なんでだよ!」
「あっ、日曜日にお父さんと直せばいいかも、日曜大工で、庭で。親子の絆を深めるためにもいいかも」
「いいかも、じゃねえよバカ。どうして日曜にそんなことしなきゃいけないんだよ」
「じゃあ僕が直せばいいんでしょ、日曜に」
「お前は今すぐだよ! 日曜は俺と親父の場合の話だろ! 早く出ろ、一人で!」
「わかりましたよ。怒らないでくださいよ、ピリピリピリピリ……ピリピリ魔人の方ですか」
「早くしろ!」
 魔人はゴトゴトやり始めた。
「んっ、んっ、んっ、んっ……んっ」
「どうした、頑張れよ」
「……」
「おい」
「あの、見られてると出にくいから、一回部屋から出てもらえますか」
「なんで……あ、くせえ!」
「え? ……くさくないですよ」
「お前ウンコもらしただろ!」
「全然もらしてないですよ」
「いや、もらしてるよ。あっ、タイツみたいの、ほら、なんかふくらんでるじゃねえか!」
「もらしたことないですよ。ふふふ、ふっ、だって、魔人ってウンコしないですもん。あなたじゃないですか。そういえばくさい、なんかくさいくさい!」
「いやお前だろ、現にほら、もらしてんじゃねえか! 一目瞭然だよ、嘘つくなよ。……なんだよもぉ〜人の部屋で……最悪だよ」
「……」
「早くそこから出ろよ。いっそう早く出ろ!」
「……」
「早くしろ!」
「実は、ウンコをもらした時に真価を発揮するんですよ。魔人って。知らなかったでしょ?」
「わかったよ、もういいから。何も言わないから早くしろって」
「だから、真価を発揮するためにウンコが必要だったんですよね。ここから出るために。だからもらしたって言うか、わざと……」
「わかったよ!」
「魔人ってそうなんですよね。全員そうなんです。『To LOVEる』も全員見るし、読むし」
「お前の体面だけで魔人全体を貶めるなよ!」
「別に『To LOVEる』を見ることは悪い事じゃありませんよ」
「うるせえウンコもらし!」
「……あなた、口悪いですよね」