膝河原くんの腿上げ

 サッカー部の練習中、ぼくらは腿上げをしていた。そしたら、補欠の膝河原くんがやっぱり一番最初にへこたれて、地面に倒れ伏した。
「膝河原、だらしないぞ、これしきのことで。ほら、立ち上がって、お前だけやってみろ」監督が言った。
 膝河原くんはみんなに取り囲まれて、腿上げを始めた。でも、すぐにどたどたし始めた。細い手足をばたばた動かして、もう顎が上がっている。
「お前、膝河原、どうしたらそんなことになっちゃうんだよ。さっき六時間目が終わったばかりなのに。ちゃんと弁当食べたのか」監督はピッと短く笛を吹いた。「一回止めろ」
 それでも、膝河原くんは腿上げを止めなかった。ぜいぜい言いながら、目を閉じて、ばたばた腿上げしていた。
「膝河原、止めろ。なんか変な動きになってるから、一回止めるんだ」
 ぼくらは膝河原の動きが確かになんかカクカク変な動きになっていたので、へらへら少し笑ってしまった。でも、膝河原くんがあまりに必死な様子なので、すぐに笑うのを止めて声をかけた。
「膝河原くん。もう十分だよ」「一回、給水した方がいいんじゃないか」「テニス部のとこの水道を使うのが一番近いよ」「あそこの水道の方が冷たいらしいよ」「膝河原くん、ナイスガッツ」「ナイガッツナイガッツ」
 でも、膝河原は耳を貸さなかった。多分、膝河原くんは意地になっていたんだと思う。ただ黙々と、死に物狂いで、腿上げをやり続けた。
 その姿を見ているうちに、ぼくらは、練習試合で名門校に乗り込んだがむしゃらで不器用な主人公チームが何度も何度も転んで泥だらけになりながら次第に観客を味方に付けていく時のような気持ちになっていた。『なんか……あいつら』『うん……てんでかっこ悪いけど……』『応援したくなるよね……』――ズシャァ! ピピー!――パチパチパチ、『いいぞぉ!』『ナイスプレー!』ということになっていた。『い、一体この雰囲気、どうなっているんだ! みんな、うちの生徒のはずじゃないか!』と名門校のメガネのマネージャーも何が起こっているのかわけがわからないと慌てふためき、『なんてブサイクな試合をやりおるんじゃ。しかし……まったくおもしろい奴らじゃわい』と元日本代表のゲームメーカーとの噂だけど公式記録にはそんな名前どこを探してもないという謎の老人も監督を引き受けることを決心するのだった。
「頑張れ!」「膝河原くん、頑張れ!」「その調子!」
 コーチも、お前さんには負けたよ顔をしながら、ピッピッ、ピッ…ピッと膝河原くんの不規則な動きに合わせて、励ますように笛を吹いた。
 それが何十秒か続いた時、藤塚があることに気付いた。
「浮いてる」
 見ると、なんと、膝河原くんが宙に浮かび始めていた。どこかでぼくらの気持ちが一つになって体が浮く方に働いたのか、それともそういう磁場にいたのか、腿上げをするたびに、少しずつ、少しずつ、膝河原くんの体が上昇しているのだ。
「浮いてる!」「膝河原くん、浮いてきてるよ」「ひとりでに浮いてきてる」
 監督も笛をぽろりと口からこぼした。そして言った。
「膝河原、浮いてるぞ!」
「いけいけいけ!」「もっともっと!」「空高く空高く!」
 ぼくらは興奮してやんややんやと声をかけた。そのせいもあってか、膝河原くんはかなり浮いてきた。立って見ているぼくらの、お腹のあたりまで浮いてきた。膝河原くんは目をぎゅっとつぶった苦しそうな顔で大きく喘ぎながら、なおも手足をもがくように動かし続ける。
「すげえ!」「初めて見た!」「まだいけるよ、まだ浮ける!」「いいからもっと腕を振れよ!」
 ぼくらはもはや見上げながら膝河原くんを応援した。とても盛り上がってきた。
 やがて、ぼくらの胸のあたりに膝河原くんのシューズが来たその時、お調子者の日下部が飛び出て膝河原くんの下をくぐりぬけた。みんながそれを見て我を忘れて「うおー!」と叫んで一斉に拍手までして、よし次は自分がいくぞ、と手をあげて前に出かけた時、急に、膝河原くんは力尽きて落下した。足から着地して、膝河原くんはその時になぜか手を骨折したらしいけど、ぼくらはなんだかほとんど全員で舌打ちしてしまった。