バナ皮ナナ

 オーディション合格の通知を受けたヒトミは、緊張交じりに意気揚々とプロダクションへ向かった。
 部屋を案内され、ヒトミはドアをノックした。
「失礼します、岡崎ヒトミです」
 返事が無かったので、ヒトミはドアを開けた。
 部屋の中央に長机があり、そこに、オーディションにも審査員としていた社長と女性社員が一人、肘を突いて手を組んでいた。
「はいそこ座ろう。その椅子に座ってみよう」と社長が言った。
 ヒトミは言われた通りに、パイプ椅子に座った。
「で、君が? この前のオーディションで……6万の……? え? 違うな、おい」
 社長が声をかけると、女性社員が何やら耳打ちした。社長は何度もうなずいた。
「違った、これね、私はね、勘違いしてたんだよ。君はこの前のオーディションで、44プリティポイントだったわけだよ。全然違う人だった、変だと思ったんだよ」
「え?」とヒトミは言う。「私は44ですか?」
「そうだよ、そうだな!?」
「そうです」と女性社員。
「今言った人は6万、プリティポイントですか? そうおっしゃってましたけど」
「当たり前だろ!」と社長は叫んで、三色ボールペンの色を替える動作でカツカツさせた。「君ね、例えばね、上戸彩がいるね。私も大好きだよ。付き合いたい、結婚したいよ。上戸彩の場合ね、これは3兆8000億とんで5プリティポイントからあるわけだよ、これでも少な目の見積もりなわけだよ。わかるね。ところがこれがね、そのへんの町歩いてるクソみたいなブスになってみるとね、君ね、これはいいとこ2プリティポイントなわけだよ。その2プリティポイントもね、ハムスターを飼ってるとかそういう理由で入ったポイントなんだよ、言わば審査員の温情なんだよ。そのぐらいね、プリティポイントというのはね、圧倒的に差が開くわけだよ。長丁場なんだよ! わかる、わかるかね君!」
 ヒトミは黙っていた。
「まあそれはいいけどね、そんな君が合格したのには理由があるわけだよ。たかだか44PP、プリティポイントね、44PPの君が受かるのには、それなりの理由があるわけだよ。おい、説明してあげて」
 女性社員はうなずいて、喋り始めた。
「ここからは私が説明させていただきます。まず、あなたの芸名はバナ皮ナナに決定しています」
「え、バナ?」
「バナ皮ナナです」
「バナ皮ナナなんだよ、君は!」と社長。
「どういうことか説明しますと――」
「あーいい、もういい! 私が説明する! 君ね、今の時代ね、よっぽどのPPの持ち主じゃないと、おいそれと売れないわけだよ。戦略というのが必要なわけだよ。それでね、うちのダクション、プロダクションね、ダクションでは、フルーツアイドルでぐいぐい売り出してるわけだよ。フルーティーさでどうにか捨て駒を動かさなきゃしょうがないんだよ。なんていうかもう、ガムと同じ考え方なわけだよ。同系色なんだよ、そうだな!?」
「そうです」と女性社員。
 ヒトミには、だんだん話が飲み込めてきた。そして、理解した自分が誇らしく、それでやっていこうと既に乗り気になっていた。
「なんとなくわかりました。それで、私はバナナのアイドルで売っていくわけですね」
「そうだよ! 君のね、女子としては高い身長、そして痩せすぎない健康的なボディーね、それが君ね、バナナの存在そのものなわけだよ。接近戦なんだよ、そうだな!?」
「そうです」と女性社員。
「あの、わかりました、精一杯頑張ります」
「うん、そして何よりね、君がバナ皮ナナだと、お前がバナ皮ナナなんだという決め手はね、これがあるんだよ、おい君!」
「は、はい」とヒトミが返事をする。
「君の背中にね、これ、でかいホクロあるね」
「あ……」とヒトミは俯いた。
「いいんだよ、オーディションでもね、その話題で持ちきりだったんだよ、凄い盛り上がりだったんだよ、ずっとその話してたんだから。なんだあれ、なんて言ってね。そうだな!?」
「そうです」と女性社員。
「うん、それがな、君、そのホクロをだな、君は、なんとか、バナナのスウィートスポットとなんだ、からめて、うまいことやっていくわけだよ」
「ホクロをですか?」
「そうだよ!」
「具体的には、どういうふうに……」
「それは自分で考えるんだよ!」と社長は叫び、机を平手で思いきり叩いて大きな音を響かせた。
「すいません!」このチャンスをふいにしたくないヒトミは、何度も頭を下げた。
「君ね、君の先輩アイドルの、巨乳でさくらんぼとか言いながら売ってる佐藤錦君なんかはね、夏になると、毎年空き巣に入られるんだよ。毎年だよ、これはおかしいと思ってね、私聞いたんだよ、どういうことなんだと、そしたらね、なんて言ったと思う、佐藤錦君がなんて言ったと思う」
「え、えっと……」
佐藤錦君はね、さくらんぼは毎年夏になると盗難にあいますよね、って言うんだよ」
「あっ、なるほど」とヒトミが言いかけたその時、
「わかりづらいんだよ!」と社長がまた拳を机に叩きつけた。「でもね、その意気やよし、なんだよ。買いなんだよ。そういうことなんだよ、自分で考えて、自分という存在を作っていくわけだよ! マッチポンプなんだよ! そうだな!?」
「そうです」と女性社員。
「というわけで、君、バナ皮ナナね、君が、私はバナナだと、そのアッピールを体全体を使ってね、していかなければならないんだよ。それでね、もう、だいたい考えてあるんだよ。おい!」と社長が外に向かって声をかけた。
 ドアが開き、カーテンに覆われた円形の試着室と、黄色い衣装がスタッフの手によって運ばれてきた。
「その衣装を着て、君は色んなところへ行くわけだよ。それで、いじられるとするね、例えばナイナイになんかバナナだなんだと言われたとするね、そうすると、君はそれを脱いで、でかいホクロを見せるわけだ。それでなんかさっき言ったようなことでうまいこと言うわけだね。それで一笑いOKなんだよ。その衣装がね、バナナの皮を表現するわけだよ。それを脱ぐと、君が出てくるんだよ、どうだいこれ、どうなんだよ!」
 ヒトミは立ち上がり、衣装を取り上げてみた。それは、黄色地に細い黒ラインが入ったツナギのジャージだった。
「そう、それね。黄色いジャージなわけだよ。黒のラインがバナナの立体感を表現するわけだよ。でもね、おい、これ、一つ問題があるんだよ、重大な問題が。そうだな!?」
「そうです」
 社長は一つ咳払いをしてから、ヒトミを指さした。
「そいつを、ブルース・リーと思われないように着てみろ!」
「え?」とヒトミは聞き返した。「どうやって……」
「それは自分で考えるんだよ!」
 社長にまた一喝されて、ヒトミは慌ててカーテンの中に入った。
「そいつをバナ皮ナナとして着こなしてみろ!」と社長が大きな声で言う。「ビリー・ローからその衣装を奪い取ってみせるんだよ、黄色いジャージといえば私だ、バナ皮ナナだと、高らかに宣言するわけだよ。体言止めなんだよ! そうだな!?」
「そうです」
ブルース・リーを蹴散らすつもりで着てやるんだよ、ブルース・リーと思われたらそこで終わりなわけだよ! 現地解散なんだよ、そうだな!?」
「そうです」
 そんな二人の声を、ヒトミは着替えながら聞いていた。そして、着替え終わった。
「着替えました」とヒトミは外に声をかけた。
「よし、開けろ!」
 スタッフがカーテンを一気に引いた。
ブルース・リーじゃねえか!!」と社長が怒鳴った。