もう一着あるよ

 イッカスはどんどん木に登って行った。
 ぼくはカブトムシに体を持ち上げられながら、
「イッカス!」
 と助けを呼んだけど、イッカスはどんどん登って行った。
 僕はとうとうカブトムシに地面へ放り出されて、着地した時に腕を痛くした。
 さすりながら木を見上げると、イッカスは木の一番高い枝に立って、僕を見下ろしていた。イッカスはいつの間にやらハードゲイのコスプレをしていた。
「イッカス、その格好!」
 と僕は叫んだ。
「木の上にあった」
 とイッカスは言った。サングラスが凄く似合っていた。
「本当!?」
「もう一着あるよ。Sサイズのあるよ」
 僕は年の割りに体が小さかった。だから、なんとしてもそのSサイズを着たいと思った。
 僕は凄く疲れていたけど、やる気を出して、木のこぶに手をかけた。イッカスが通った道筋を思い出しながら登って行った。すぐに、さっきのカブトムシが立ちふさがった。
「イッカス!」
 と僕は声を出していた。
「カブトムシが!」
 しばらくして、
「なにー?」
 という声が、僕が見上げる枝や葉っぱの奥から聞こえた。
「カブトムシが!」
「裏技使えばいけるよー」
「裏技って!」
 と僕は叫んだ。その時には、僕の体はカブトムシに持ち上げられていた。
「イッカス!」
 と叫びながら、そのまましばらくもがいていると、
「倒せるよー」
 という声がした。
「どうやるの!」
 と僕が言うと、少しして、
「フォーー!」
 という声だけが、遠く高く響いた。
「イッカス!」
「フォーーーーー!」
 とさっきより長く声がした。
 僕は落ちていきながら、体の弱い自分がほとほといやになった。