ベス山

 アメリカからの留学生のエリザベスは、普通ならリズやベスと呼ばれるところをザベスと呼ばれ始めたので、ベスの中のベスみたいなことになってしまった。
 それに噛み付いたのが、同じクラス(2年2組)の出席番号後ろの方、ベス山だ。ベス山はサッカー部の補欠で、来る日も来る日も後輩と一緒に球拾いに明け暮れ、「俺、サッカー部でよかったぜ、ボールが見つけやすくて。野球部じゃ大変だぜ。野球部に入る奴、ほんと馬鹿だぜぇ」とか言っている奴だ。
 さあ、昼休みになった。
「ねえ、ザベス。ご飯一緒に食べようよ」とクラスメイトがエリザベスに話しかける。
「Okey-Dokey」とか言うエリザベス。
「オキドキじゃねえぜ」と急に出てきたベス山。「元祖ベスは俺だろ」
 クラスは一瞬にして不穏な空気になった。それを察して、クラスの人気者、肘野が歩み寄ってきた。
「ベス山、止めとけよ」とベス山の肩に手を置く肘野。
「わかった」とうなずいたベス山はそのまま教室を出て行った。
 クラスはエリザベスに気を遣ってなんともいえない雰囲気になった。留学生を変な風に扱ってはいけないと思います精神が胸にこびりついているのだ。しかし、そこは学生、すぐに教室は騒がしくなり、エリザベスもデカいアクションで笑った。
 そして放課後。
 今日はエリザベスのホームステイ先の三島が休みだったので、彼女は一人で下校した。ベス山は部活を休んでまでそれを見逃さず、バス亭で一人待っていたエリザベスに話しかけた。
「おい、留学生。ザベスザベス言われて調子に乗ってたらお前、容赦しねえぞ」
「I'm sorry」怒りを察して、そんなようなこと言うエリザベス。
「アイムソーリーじゃねぞ」とベス山。「ザ・ベスは俺だろ。言ってみろ、ザ・ベスはベス山さんですって、英語で言ってみろ」
 ベス山は、時刻表が貼っつけてあるバス停の置物みたいなあれを思い切り蹴飛ばし、威嚇した。
 そこに、百パーセント帰宅部の一年生がやって来た。一年は離れた場所からその様子を見て、状況を把握すると、そのまま遠慮がちに近寄ってきた。
「先輩、留学生にそういうことをするのは止めた方がいいと思いますよ」と一年は言った。
「わかった」とベス山はエリザベスの後ろに並び、文庫本(星新一)を読み始めた。
 バスに乗って五分ほどすると、ベス山は席を立ち、エリザベスに声をかけた。
「ニックネームはザベスになったってふるさとに手紙を書くのかよ。おい、書くんだろ。それとも、もう書いたのかよ」
「No,No」とか言うエリザベス。
「ノーノーじゃねえぞ」とベス山。「ふざけるなよ。ベスの総本山は俺だろ」
 すると、前の方に座っていたさっきの一年が後ろを振り向いた。
「だから、先輩、止めた方がいいですって」と一年。「ほんと」
「わかった」とベス山はバスの揺れにふらつきながら席に戻り、ストップウォッチ機能付き腕時計で遊び始めた。