師匠が二人?の巻

 漫才コンビ、『ボンレスハム』のやせてる方、佐野が楽屋に挨拶に行くと、ボストーク亭ガガーリン師匠が二人いた。ガガーリン師匠は今年で五十歳を迎えた芸歴三十年の大ベテランである。
ガガーリン師匠、おはようございます。こっちのガガーリン師匠も、おはようございます。ってなんでやねんガガーリン師匠二人おるがな!」とノリツッコミを決めた佐野はすぐに、相方である、『ボンレスハム』のボンレスハムな方、ボンレスハム横田を大声で呼んだ。
 舞台の出でよく通る佐野の声はよく響き、ボンレスハム横田は現れなかったが、他の楽屋にいた芸人が続々と十人ほど集まってきた。
「どうしたんだ佐野。あっ、ガガーリン師匠、おはようございます。こっちのガガーリン師匠も、おはようございます。ってなんでやねんガガーリン師匠二人おるがな!」と、十人同時のノリツッコミが終わったあとで、みんなはその事実に腰を抜かした。
「しかしどうなっとんねんこれ!」「ほんまに二人おるがな!」
「え? うん、あ、そうか。そうそうそうそう。こえからはコンビでやっていくことにしたから。って、あの、あんでやねん!」とガガーリン師匠の片方が鼻声で叫んだ。
「あの、お前ら、ほら、さっきからノイツッコミっばっくしきゃ、ばっ、ばっかしかやっとらんやないかお前ら!」とガガーリン師匠のもう片方も鼻声で叫んだ。
「カミすぎや!」と総ツッコミが入った。
「でも、これ、ほんまどうなってるんですか」と、芸人らしい急な仕切りなおしをしたのは、『グラグラ乳歯』のツッコミ、鈴木である。若手だけの舞台では仕切りをまかされている。
「一旦、整理しましょうよ」と、何回もコンビを変えて今は『ナイス住まい』というコンビのボケをしている安藤が手を上げながらみんなの前に出た。「こっちのガガーリン師匠をガガーリン蓄膿症A、こっちのガガーリン師匠をガガーリン蓄膿症Bと呼んだらええんとちゃいますか」
 少し間があった。
蓄膿症Aと蓄膿症Bでえんとちゃいますか」と安藤はもう一度言った。
「なん、あんでやねんアホウ! だえが鼻つあっとんねん!」とガガーリン蓄膿症AとBが鼻声で詰め寄った。
「思いっきりつまっとるがな」と十人が気の入らないツッコミを一応入れた。
「それはさておき、いったいどっちが本物の師匠なんですか」と鈴木が訊いた。
「わしや」とガガーリン蓄膿症A。
「わしや」とガガーリン蓄膿症B。
「これじゃ埒があかんよってに、大喜利で対決するしかないで」と佐野が言った。
「そや、ガガーリン師匠は大喜利が得意やった。あのボケの発想の飛び方は、ほとんどソ連の宇宙開発やったで」とピン芸人のオシャミ男爵がわざとらしく言った。


「本物はどっちだ! ガガーリン大喜利対決〜!」と鈴木が叫び、拍手が起こった。
 主役の二人が楽屋のテーブルの上に座布団を置いて並び、鈴木はその横、畳の上に座って司会をしている。残りのみんなは、客となって離れて見ていた。
「まずはご挨拶からどうぞ。ボストーク亭ガガーリン蓄膿症のAの方から」と鈴木。
「えー、どうもこんいちは。ボストーク亭ガガーリン蓄膿症の、あの、A? Aの方でごず、ございあす。先日、私、町を歩いておいましたら、子供が泣いて、あの、いるのを見かけたものですから、子供が泣いているのは、まあ、いけないんやないかなと考えまして、『ぼく、あの、どうしたの?』と私、あのー、声を、声をかけたんでございあすね。そうしましたら、あのー、なんというか、なんと言ったらいいのか、適当な言葉が見つかりませんが、あっ、あの、無視をされましてね、そう、無視をされたんでございあす。こうなると、あのー、私は困ったもの、で、あのぉーーぉーー、なんですかね、ぎゃふんと、そういうことを思いましたね、あれはね、ええ。えー、そして、えー、そのあとは、頼まれていた牛乳を買って家に帰りました」とAは言い終わり、司会の鈴木をチラリと見た。
「え、はい。終わり、でいいですか? いいんですね、はい。では、次、ボストーク亭ガガーリン蓄膿症のBの方ですね」
「はい、どうもこんにちは。ボストーク亭ガガーリンでございあす。この前、私、あっ、ん? あっガガーリン蓄膿症でしたね。蓄膿症と言うんでした。蓄膿症B? Bでございます。あーあの、先日、私、いや、あっ、どうも、はい、どうもこんにちはボストーク亭ガガーリン蓄膿症Bで、ごず、ございあす。先日、私、喫茶店に入いましたら、あの、そこは駅前のあそこのとこにある、あっこの、あのー、ここにいるみんなもよお知ってる喫茶店だったんですが、そこで、コーヒーを注文しましてね、ブレンドの、そして、そのコーヒーのブレンドをもらいまして、席へ持って、あのー、行きましたところ、砂糖やミルクなんかがないやないか、と気付きまして、これ、私もらってないんでございますね、店員のお姉ちゃんが忘れてるんでございますね、それで、でも仕方ないのでね、えー、言うのもアレかなー思いまして、舞台の出番も近かったんでね、そのままね、何も入れんと、ブラックで、ブラックコオヒイで飲みましたんですがね、えー、帰り際にね、あの、その注文するところの、あの、レジまわり、みたいなところをチラッと見ましたらね、えー、砂糖やミルクがね、沢山置いてありまして、ここセルフサービスのあれやったんかい、っていう話をこの前誰かに話したんですが、誰に話したか忘れてしまいまして、知っている、あの、そういう人がいたらあまりおもしろくないというか、意外性とかが、あのー、なかったかなと思うんですけど、とにかく、そういう、あの、お話でね、ございました。あっ、私は特に頼まれたものとかはなかったので、そのまま劇場に帰りました」
「以上……ですね? それ以上何もないですね。他に何かあったら、意気込みでもなんでも」と鈴木。
「あの、はい」とガガーリンBが手をあげた。
「あ、蓄膿症のB、なんでしょ――」
「あの、なんていうんやったっけ、鈴木君、あれなんやったっけ。こういう時の、カバンのは。あの、カバンに、私のカバンに」とB。
 そこでAが手を上げて、慌てた様子で我先にと喋り始めた。「カバンの、に、カバンには、まだ若干の余裕がございます」
「はい」とだけ鈴木は言った。
 観客役の後輩達も冷たい目でそれを見ていた。こいつらあかんわ。