乳搾り

 乳搾りを体験しにきた子供達だったが、おもしろいことは一つも無かった。
「おじさんこれつまんねーよー」
「そうだよー」
「最初の一回はまあ妥協できる線だったけど、もうあとは同じだよー」
「搾って乳、搾って乳の繰り返しだよー」
「牛くせー」
 牧場のおじさんは仁王立ちのまま、ぶーぶー言う子供達を、親から貰った身長で見下ろしていた。
「おもしろいことなんかねえよ!」とおじさんが叫んだ。「おもしろくもなんともねえよ、牛の乳ジャージャーやったところでよ、おもしろいことなんか一つもねえよ」
 子供達は驚き、この人はそこまで割り切ってやっていたのか、と息を呑んだ。
「でもよ。この牛を見ろよ。すげえじゃねえか。なんで乳なんか飲ませなきゃいけねえんだよ。全然関係ない哺乳類になんで乳飲まれなきゃいけねーんだよ。しかも、お前ら知ってるか? 変な機械使うんだよ、本当は。大掛かりなやつを各乳にとりつけるんだよ。それを、機械の力で吸い込むんだよ。なんだよそれ。笑っちゃうよ。やってて笑っちゃうよ。いいか、こいつらはお前ら全員養ってるんだよ。お前らのカルシウムはほとんどこいつらの乳でまかなわれてんだよ。カルシウム大臣なんだよ。誰のおかげでお前ら、ここまで大きくなったと思ってんだ。健康な骨密度は誰が保ってんだ。お前らはこいつのおっぱいを飲んで育ったんだよ。今も飲んで、絶賛育ち中なんだろ。じゃあこいつらはお前らのお母さんだよ、お前らは全員牛の子供みてえなもんだよ。お母さんは大切にしろよ」
 おじさんはそこまで喋りきると涙ぐみ、みんなもほろりとしてしまった。確かに、俺たちは牛の子供みてえなもん。
「カルシウムは小魚でも摂取できますよ!」
 突然立ち上がったのは、メガネをかけた男の子だった。
「お、お前は!」と子供達は叫んだ。
「優等生兼牛乳アレルギーのカツミ!」
 カツミはメガネを上げ下げ外しかけしながら、おじさんに近づいた。
「この白黒のくさいのはぼくと何の関係もありません。ぼくのお母さんは小魚ですから!」
 みんなは、袋にいっぱい入ってるダシを取ったりするアレが優等生のカツミのお母さんかと思うと、自分のお母さんは牛でよかったと思って誇らしい気持ちになったりするのだったが、別にだからと言ってどうということもなかった。でも、一つだけ。俺たちのお母さんは優しい目をしている。