炭酸飲料大好きインテリアデザイナー

 天才少年インテリアデザイナー、鶴岡マコトは長い間取り組んでいた仕事を終え、炭酸飲料のプルタブをはじくと、一息で飲み干そうとしてダメだった。一口だった。
「プハア、さあ、アブドラ氏、ゲッ、を呼んでおいでよ、さあ、さあさあ」
 マコトはついつい出ちゃったゲップなんか気にも留めず、通訳兼秘書であるキャサリンを呼びに行かせた。ほどなくして、いかにも油田の好きそうな顔をほころばせてアブドラがやってきた。
「このたびは、僕、マコトに御宅のインテリアを任せてくださって感謝しますよアブドラさん。さて、どうでしょう、アブドラさん。ぼくが二学期通じて取り組んできたこの部屋、どうですか。さあどうです。さあさあ」
 アブドラは、不満げな様子で部屋を見ると、即座に何やら言った。
「アブドラ氏は何て言ってるんだい、キャサリン」
「ハイ、こんなに家具が少なくては、ジャッキー・チェンが襲われた時、盛り上がりに欠けるというものだ。キャスター付きの椅子や、いい具合の間隔で置かれたソファが沢山あってこそ、我らがジャッキーは最高の力を発揮するのだから、とおっしゃっております」
「アブドラ氏に、ジャッキー・チェンとあなたの暮らしに何の関係性があるのか尋ねてくれ」
 キャサリンが何やら喋ると、アブドラも何やら喋り始めた。大きな身振り手振りをまじえて、マコトにまくしたてる。マコトは自らを落ち着かせるため、炭酸飲料をまた一口飲んだ。アブドラは喋り続け、ヘイマコト、ヘイマコト、とずっと言っていた。
「アブドラさんは何て言って、ゴエェェフ、るんだい、キャサリン」
 小学生とは思えないぐらいの大人びたゲップに自分自身少しも驚かず、マコトは言った。きっと、日頃からそうなのだ。
「ハイ。別にジャッキー・チェンは関係無い。私が言いたいのは、家具が少ないということだ。ジャッキーは例え話だ。あなたはインテリアデザイナーとして手を抜いたのではないですか。そうじゃないですか、え、そうじゃないですか、え、え、何か言ったらどうですかマコトさん。どうなんですかマコトさん、黙っていたって何の解決にもなりませんよ。マコトさん、私は日本人のそういうところは嫌いではないが、それは時と場合によります。さあ何か言ってくださいよ、ミスター鶴岡。マコト。ヘイ、マコト。ヘイ、マコト、とおっしゃっております」
 マコトはそれを聞くと、炭酸飲料を一口飲んだ。
「うん。ヘイ、マコトは聞き取れたよ。あの、そういう場合はキャサリン、君はアブドラ氏に対して何か口を挟んでくれていいんだ。マコトは日本語しか喋れないゴワー、とね。まあそもそも、アブドラ氏が馬鹿すぎるんだがね」
 マコトは、実にナチュラルにゲップを挟み込んだ。そんなもの歯牙にもかけないという風に。にしてもゴワー、ってお前。
「それはともかく、僕のアブドラ氏への返答はこうだ」そう言ってから、マコトは炭酸飲料をまた一口飲むと、アブドラの方に向き直った。
「アブドラさん、僕の家具へのこだわりは遊び心です。それはアブドラさんもご承知ですね。しかし、アブドラさんはその言葉の本当の意味がわかっておられないようです。なんかこじゃれてるのが遊び心とでも思っていたんじゃないですか。確かにそれもあります。でも、僕が表現したい遊びはもう一つあるんです。それこそが、空間的余裕です。家具二十個分の代金で、僕は家具十個と空間をデザインしているんです。僕はそれが一番いいと思うからですよ。なぜなら、掃除も、部屋の模様替もずっとしやすいし、ジャッキー以外の沢山の俳優の演技、例えばデ・ニーロの演技もこの方がずっとしやすいでしょう。ジャッキーが演技しやすい部屋と、デ・ニーロが演技しやすい部屋は、どっちが上等ですか。さあ答えてくださいアブドラさん」
 アブドラはキャサリンの通訳を聞くと即座に負けを認め、その場に崩れ落ちた。
「わかってくれたようですね。それなら、ぼくは、ぼくは非常に満足でゴエエェェッフ、す」
 マコトは先ほどから長い台詞の中我慢して我慢して我慢していたゲップを出した。それはもう、それを我慢した自分へのご褒美的それになっていた。と同時に、締め的それだった。
 キャサリンは、マコトから渡された炭酸飲料を一口飲むと、最後の通訳を始めた。キャサリンが最後に「ゴエエェェッフ」を決めると、アブドラは「アリガトゴザマシタ」と日本語で礼を言った。
「他の映画も見た方がいいよ」
 マコトはそう言うと、一口残った炭酸飲料をアブドラの脇にコトリと置いて、後姿で手を振りながら颯爽と去っていった。最後飲んでいいから捨てておけよ。彼らの手口はいつも小学校高学年的に鮮やかなのだ。だから馬鹿しか騙せないのだ。