ラーメンまみれのデビューライブ

 「大寒鉄郎と小粒ファイブ」はデビューライブのリハーサルを終え、控え室に戻った。
 デビュー曲お披露目ライブの舞台に社長ミュージックはなんと東京ドームを用意したのである。バンドに対する期待がうかがえるというものだが、知名度の無い「大寒鉄郎と小粒ファイブ」にそんな集客力があるはず無いだろうとお考えの人もいるだろう。でも、そんなのわかってんだよ、っせえな! なんと社長は、このライブにあたり「全国ご当地ラーメンフェスタ」と銘打って広告を出したのである。
「しかし社長、それではラーメン好きばかりが来てしまい、宣伝にならないのではありませんか」と部長は忠告した。
「今回の狙いは、大寒鉄郎と小粒ファイブをデビューさせることに加え、新たなファン層の獲得にあるのだよ。つまり、日頃から千円ぐらいのラーメンと電車賃を浪費するラー狂(ラーメン狂い)どもを音楽に目覚めさせ、その金でCDを買う方に取り込もうという考えだ」
「しかし、そんなにうまくいくでしょうか……」
「いくんだよ。だいたい、ラーメン好きなんて奴らは文化レベルが低いんだよ。食うこと以外に楽しみの無い奴らなんだよ」
 部長はそれ以上口答えしなかったが、明らかに不満げな顔をしていた。ラーメンファンはそんなに馬鹿ではない。部長はラーメン大好きで、麺屋武蔵麺屋武蔵なのであった。
 下手したら詐欺で訴えられるところだが、いよいよ客が入り始めた。客は有無を言わさずに目隠しと鼻栓を突っ込まれて入場させられた。ラーメンファン達は、これは何らかのラーメンサプライズがあるに違いない、と思い込み期待に胸躍らせ、順番に用意された椅子に誘導されて座らされた。 
「一体全体なにが始まるんだろう」
「しかし、こんなことをするなんて、とうとうラーメンもエンターテインメントの域まで来たんですね。長年見守ってきたものとして実に感慨深いです」
「まさに、親ラーメンの気持ちですね」
「ラーメンには無限の可能性がある」
 ラーメンファン達は目隠しされた状態で、全員鼻声で口々に言い合い騒がしかったが、急にアナウンスが入った。
「ラテンションプリーズ、ラテンションプリーズ」
 ラテンションプリーズとは、ラーメンアテンションプリーズの略で、騒ぐのは止めてラーメンと向き合う時のあの集中力を急いで取り戻せ、という意味である。ラーメンファン達は一斉に黙り、ラテンションを取り戻した。
「それではお待たせいたしました。目隠しを取ってください」とまたアナウンス。
 三万人のラーメンファンが次々に目隠しを取った。しかし、会場は真っ暗で何も見えなかった。ざわざわした。
「いよいよ始まるのか」
「鼻栓はまだ取っちゃいけないのか」
「ラテンション・プリーズ。鼻栓はまだです」アナウンスが告げた。
 また静かになった。ラーメンファン達は集中した。
 ふいに、猛烈な光があたりを包み、眩しさに顔をしかめるラーメンファン達の前にステージが浮かびあがった。マンガに出てくる時の手塚治虫の顔をした男がマイクの前に立ち、その後ろにバンドセットがあり、格メンバーがスタンバっていた。
 ラテンションを維持することが難しくなった客は一斉に騒ぎ立てた。
「こんなの聞いてないぞ!」
「ラーメンなんかどこにもないじゃないか!」
「ひっこめ!」
「ラーメンを出せ!」
「食券を買わせろ!」
 そんな中、ドラムを叩く音が響き始めた。それに対して、ラーメンファン達は更に大きな反感を示したが、長い前奏が続くうちに、歌が聴き取れるほどには静かになっていった。やがて、手塚治虫のマンガ顔をした男が歌い始めた。