いい笑顔

 ミツオの笑顔はいい。小さい頃から徳森はそう言われ続けてきた。徳森の両親ばかりでなく、親戚、近所のおばさん、音楽の先生も「ミツオの笑顔はいい」と口を揃えた。もちろん好みはあるが、大体、頬と目のへんの具合がいいと言われる。
 徳森はそんな自分のチャームポイントを知り尽くしていたので、高校生になるとすぐにマクドナルドでバイトした。
 そして、
「スマイルください」
 と調子付いている小学生達に、素晴らしい笑顔を差し向けてから、急に厳しい従業員の顔になってこう叫ぶのだ。
「百円だよ、俺のスマイルは百円! 税込みで百円になります!」
 小学生の方では、ちょっとふざけただけなのにまさかあんたそんな百円相当の笑顔が返ってくるとは思わないもんだから、
「俺、あの、俺、てりやきマックバーガーセットじゃちょっと足りないから、百円でもう一個ハンバーガー買おうと思ってたんだけど、あんたには負けたよ!」
 となるのである。ジャンケンで勝ってニヤニヤしながら見ていた仲間も、ちょっと出そうか、となるのである。
 さらに時々、こりゃあおもしろい、とでも思ったか、
「スマイルお持ち帰りで」
 と言ってくる中学生七人組もいるが、これに対して徳森は、
「そんなことしたら冷めちまうよ! アッツアツをいただきな!」
 とやはりでかい声を出して、出来立てのスマイルをぶちまける。
「七人で、五百円でいいよ!」
 中学生達は、スマイルお持ち帰りのおもしろさでは再現できないほどの笑顔を見せ付けられて、貴重な体験だった、と喜んで五百円を差し出す。
 みんなを幸せにする笑顔を徳森は持っている。
 でも、実際のところ徳森は小遣いが欲しいだけなのだ。だから、日が経つにつれ、普段ほとんど笑わない子になってしまった。商業的スマイル。やがてはバイトを辞め、街で笑顔を浮かべながら標的に近づいてきては、
「見てたろ! スマイル代五千円よこせ!」
 と凄むややこしい不良になってしまった。でも、やっぱりいい笑顔なのだ。今日も徳森のカツアゲスマイルが路地裏を照らしている。