おもしろTシャツ

 ヒロキが、コクッパの名前が横書きで縦に並べて書いてある黄色のTシャツを着て繁華街を歩いていると、屈強な体つきをした学ランの男が声をかけてきた。
「おもしろいTシャツ着てるな」
 それは、このあたりでは名の知れた男だった。
「お、お前は、おもしろTシャツ狩りの権田」ヒロキは蒼ざめた顔で言った。
「そうよ、俺様はおもしろTシャツに目がなくてな」
 権田はそう言うと、学ランのボタンをゆっくりと外していった。全部外したところでヒロキを見ると、ニヤリと笑ってから学ランを勢いよく広げ、そのまま脱いだ。白地に犬がオレンジと紫のボールをくわえている写真がプリントしてあり「おしゃべりフットボール」と書いてあるTシャツが現れた。
「どうだ、権田さんのおもしろTシャツは。犬のおもちゃ『おしゃべりフットボ−ル』をフィーチャーした、おもTマニア垂涎の一枚だぜ!」
 そう言ったのは、権田の後ろから急に出てきた子分の原だった。「子分の原」と縦書きしたTシャツを着ていた。
 ヒロキと権田は長い間にらみ合った。まるで、どちらのTシャツがおもしろいのか互いに値踏みしているように見えた。その横を「切腹」と書かれたTシャツを着た外国人が通りがかったが、権田はまったく反応しなかった。
 しばらくして、痺れを切らした権田が口を開いた。
「なるほど、今回は俺様の負けかも知れないが、だからこそ、喉から手が出るほどそいつが欲しいんだ。怪我したくなかったら、大人しくそのおもしろTシャツを脱いで置いていくんだな。でないと、ズボンまでズタズタにされることになるぜ」権田はそこまで言うと豪快に笑い出した。「そんなに怖い顔をするな。俺様だって鬼じゃねえ、裸で帰れとは言わねえよ。代わりにこいつをくれてやる。おい」
 すると、子分の原がギターの形をしたカバンからTシャツを出した。肩の部分を持って広げてみると、胸にドクロがプリントされた黒いTシャツだった。
「いひひ、つまらねえつまらねえ……。こんなのを着るなら死んだ方がましってもんだぜ……」子分の原は首を横に振りながら言った。
「さあ、どうするんだ。そのおもしろTシャツと心中するか、このつまらなTシャツを着て無事に帰るか。二つに一つだぜ」
 決着はすぐについた。
 ヒロキは何も言わずに「コクッパ七人衆」Tシャツを脱ぐと、ドクロTシャツを受け取って着た。ヒロキは生地がしっかりしているという理由でTシャツを選ぶ、まったくこだわりの無い男だったのだ。別に何の狙いも無く「海人」Tシャツを着て買い物に出かけるおばちゃんのように、世俗を超越していた。