わっしょいわっしょい、しとったんや

 お待っとぉさん。わいが浪速の腕白力持ち、ガキ大将有力候補の天童克彦や。こんな地区の小規模なお祭りの日に、一年間少しずつ貯めた筋肉の力とやる気を使い果たす感じ、オカンからもろた小遣いが全然足らんわえと嘆く感じが、大人達にはキラキラ輝いて見えるそうやと聞いとる。
 でもわいはな、そんな国民年金しこしこ払っとるような奴のために祭りしたり、神輿かついだりするんやあれへん。いつもいつも、自分のためにかついできたんや。自分のためにわっしょいわっしょい、自分わっしょ精神でやってきたんや。奉納神輿っちゅうもんらしいが、わいは神さんなんか頼りにしたことなんかあれへんし、神社よりなんばグランド花月が大好きなんやで。ほんまやで。
 でも、でもや。今日はまた、それとは違うんや。今日のわいの、この鉢巻きのしぼり具合や、法被のラフな感じは、全部が全部、クラスメイトの平井のためなんや。平井は、ものごっつお祭り楽しみにしとった。ここ一週間ぐらい、あいつの話、お祭りの話ばっかりやった。国語の授業でもお祭り、算数の授業でもお祭り、体育の授業は体育、それが平井のお祭りに対する姿勢やった。わかるわ〜。
 でも、平井は風邪ひいてもた。ただの風邪ちゃう、インフルエンザっちゅう、ごっつい奴やで。これはあかんで、うつるで、うつるんやで。感染するんや。感染するんなら外出られへん。出たらえらいこっちゃ。平井は泣いとった。いやわからんけど、多分泣いとったんちゃうん。泣いとったやろ、これは。やから、わいは、平井のために、全身全霊こめて、わっしょいわっしょいせなあかんと思たんや。
 お祭りが始まったわ。わいは御輿から張り出す棒の中でも、進行方向、その先端にすがりついてしもたら、もうそっから一歩も動かへん。てこでも動かへん。てこっちゅうのは、この前の理科でやったとこによると、凄いもんらしいんやけど、それでも動かせへんのやから、これはよっぽどのもんやで! それやから、わいは恵比須顔やった。よっしゃ、まずはいっちゃん目立つとこ、キープしたでぇ。平井、見とるか。そう思た。ほんで、気を引き締めて、勝負師の顔になったんや。目ぇギッラギラしとったと思うわ。
 そっからはもう記憶なんてあれへん。わっしょいわっしょい叫んでたんとちゃうやろか。叫んどったで。神輿、揺らしとったで。神輿、ガクガクしとったわ、多分。神輿が帰ってきた時、わいの法被だけなぜかボロボロやった。わいは、一歩も動かれへんかった。足、棒や。神輿かついだ子ぉらにはお菓子配られるんやけど、わい、列になんか並ばれへん。みんながきゃっきゃ言うてならんどる横で、わいは雨に打たれとった。わいのとこにだけ、雨降ってたんや。ほんまやで。でも、わいは最後の力振り絞って、立ち上がった。平井、食いしん坊やさかい、お菓子欲っしやろなぁ、思てん。
「おばちゃん、わいにも、わいにもお菓子くれや」
「ええで、あんた、よぉ頑張ったな」
「おおきに。ほんでな、休んだ子の分も欲しいねやけど」
「そらあかんわ」
「なんでやねん。平井、めっちゃお祭り出たかってんぞ。でも、インフルエンザやねんぞ」
「ほなええわ」
「なんやねんこのババア」
 ほんで、わいはお菓子ひったくって、走ってん。平井んちまで走ってん。インターホン、押してん。そしたら、わいは気づかへんかったんやけど、平井出てん。いや、ほんまはちょっと気付いとったんやけど、一応、兄ちゃんやったり弟やったりしたら困るから、一応、そういう対応してんで。そういうこと、あるやろ。
「はい」
「あ、あの、正一君おりますかぁ」
「わいや」
「なんや平井かいな。はよ言えや」
「知らんがな」
「お菓子持ってきてん。インフルエンザ大丈夫か」
「大丈夫やあれへん。熱でてしゃーない。熱でてしゃーないわ」
「そか。あのな、わいはな、かついだで。お前の分も、力入れて、わっしょいわっしょい、叫び倒したんやで。法被ボロボロなってたわ。やから、なぁ、お前も出たよなもんや。だから、気にすんなや」
 でも、平井なんにも言わへん。どないやねん。どないなっとんねんこれ。不安や、めっちゃ不安やわ。
「お前がわっしょいわっしょいしたとこで、別にこっちはなんともないで。お前は俺の分わっしょして、なんや満足かも知れんけど、俺は家でリンゴしゃりってただけや。蛍光灯ながめとっただけや。何のわっしょいも来てへんねや。全然来てへんねやで」
「届いてないんかいな」
「せや」
 平井の声、なんやぶっきらぼうで、冷たかったわ。多分インフルエンザのせいやろな。誤解したらあかんで。全部、インフルエンザが悪いんやから。インフルエンザはおっとろしいで、ほんま。気ぃつけなあかんで。
「お菓子も、お前、俺の分食べてええで。どうせ今食う気せえへんしな。持ってきてもろて、悪いな」
 わいは自分でもわからんけど、なんにも返事せえへんかってん。それからずっと、返事せえへんかってん。
「なあ、なあて」
 平井はずっと話しかけてたけど、わいは黙っとったんや。お菓子の袋、両手に提げて、どうしたらいいかわからんようになってんな。そしたら、雨降ってきてん。土砂降りやったわ。多分、わいだけに降っとったんやろうけどな。