日本のビーテレ収録

 いいからテレビで食べ物を食いまくるのは止めろ、とアフリカ人が怒鳴り込んできたので、我々スタッフ一同はかなり驚いて、その大量のカレーライスと寿司をアフリカ人に差し出そうとしました。ギャル曽根はそれも全部テレビ的なアレかと思って露骨に悲しそうな悔しそうな身振り手振り顔つきをしましたが、やむなくADが二発殴って黙らせ、ギャル曽根の手からアフリカ人にカレーライスや寿司を渡させることにしました。
「いいよ。ここまで大量にあると、それはもうカレーライスでもないし、寿司でもないんだよ」とアフリカ人は言いました。「ゾウが悲しんでるよ」
 我々スタッフ一同は顔を見合わせました。その時、インカムと呼ぶのかは本当に全く知りませんが、上の何とかルーム(と仮に言いますが)からの指示がイヤホンから流れ込んできたので、上にいる人は偉い人なので逆らうわけにもいかないため、その通りに喋ることにしました。
「ゾウだっていっぱい食うだろ」
「そうら出た! ッポン人お得意の屁理屈が!」とアフリカ人は叫び、ペニスケース(と呼ぶのは知っていました)の先端を我々スタッフ一同の鼻先に突き出し、横に振りました。
 我々スタッフ一同は上からの指示を待ちました。「まきで」という場当たり的な指示が聞こえ、現場の人間に全てが任されたことを知りました(まきで、がどういう漢字を使うのかは誰も知りませんでしたが、多分、巻き、だろうと思っていました)。我々スタッフ一同は、スタジオで今一番権威を有している志村けんが何とかしてくれるだろうと、志村けんをチラリと見ました。その時の志村けんはかなりシリアスな顔をしていましたが、はげ散らかしており、さらにだんまりを決め込んでいました。我々スタッフ一同は、志村けんのブログは決しておもしろくないぞと考えていました(これには志村けんへの叱咤激励もこめられていました)が、志村けんなのでそれでもいいのだろう、とも思っていました(やはり業界人としての遠慮がありました)が、今日のことを志村は絶対にブログに書かないだろうと思うと、何だか腹が立ってきました。そうなってくると、そのはげ散らかし方も人をなめているとしか思われないのでした。
 しかし、刻一刻と収録時間は迫っていました。アフリカ人もまったく喋らなくなっていました。それに耐え切れずか、アフリカ人がペニスケースをそっと抜きにかかったので、我々スタッフ一同は放送事故だけは絶対に出世にかかわると思っているので、大変あわてました。
 下手に手も出せずに慌てふためいていると、1カメの横に座っているフロアディレクターがスケッチブックを掲げているのが見えました。そこには、「しめて」と殴り書きしてありました。
 そんな無茶な、いや、そんな無茶ブリな、と思ったその時でした。
「だっふんだ」
 いつの間にか、志村けんが1カメの前に立っていました。志村けんは顔をやや上に突き出し、口をとがらせ、寄り目を作っていました。
 それは、我々スタッフ一同も含めた日本国民の大部分にかけられているステキな魔法でした。魔法にかかっていた我々は、そのまじない通りに、ガラスの割れる音とともにずっこけました。日本のテレビ業界というのはそれでオールオッケー、何も心配いらないのです。あとはギロッポンにでもくりだしておけばいいのです。焼肉といえば叙々苑、寿司といえばシースーだと思っておればいいのです。