クマ・プレゼンター、シューズ業界改造計画

 その日、午後三時きっかり、全国の有名シューズメーカー各社の会議室に同時多発的にクマが入ってきた。
 クマは持ち前の迫力でホワイトボードを乗っ取ると、まず人間の秘書に向かってお茶を要求した。会議室はどこも騒然としたが、全国の社長たちは「いや、ここはクマの好きにやらせてみよう」と鶴の一声を発した。クマが選んだ会社はどれも一流企業だったので、社長の器も一様に大きいのだった。
「ではプレゼンを始めます」とクマは台本どおりに喋りだした。
 その落ち着いた素振りを見て、会議に参加していた人事部の人間は、これは研修期間を終えているクマだと直感した。
「リサーチしたところ、プーマさんは紐の靴ばかり製造してらっしゃいますね」とクマは持参の資料と社長の顔を交互に見た。「色々とシリーズが出ているようですが、全部紐ですね」
 その台詞はメーカーをかえて全国の会議室で響いていた。そして、午後三時十二分〇〇秒、クマは、事前に立てたクマ計画表に則って、「マジックテープ」と書かれたペラペラのマグネットを取り出し、勢いよくホワイトボードに貼り付けた。そして、同じ台詞を同時に発した。
「この靴はどうなってます」とクマは鋭い爪でマグネットをコンコンと叩いた。
 その時、アディダス社の一人の社員がクマに飛びかかろうと走ってきた。アディダス社に来ていたクマは社員の胸につけられた名札を一瞥して叫んだ。
「派遣はすっこんでろ!」
 その派遣社員は派遣社員のくせに『ハケンの品格』を見ていなかったので、悪口を言われてへこたれ、立ち止まってしまった。部長が「こういうとこが、派遣だな〜」とつぶやいた。
 その頃、他のシューズメーカーにいるクマはこう続けていた。
「なぜ御社はマジックテープの靴をださいまま放っておくんですか。ガキのはくもんだと思っているのではありませんか。もし違うと言うのであれば、ABCマートにマジックテープの靴が置いていない理由をクマにも納得のいくように説明していただけませんか」計算どおりに返事が無いのを見て、クマは一斉に机を叩いていた。「みんながみんなチョウチョ結びが出来ると思うのは、メーカーさんの慢心ですよ!」
 そして、わざわざ社長の座っている机まで行き、全国のクマはプレッシャーをかけるように、持っていた書類をそこでトントンと揃えた。そして、社長の耳元でこう囁いた。
「後日、シャケをクール便でお送りしますから」
 クマは人がいやがることをよく知っていた。綿密なクマ達の計画は順調に進んでいるように見えた。
 しかし、アディダス社では、派遣社員のハプニングよってクマ計画表と時間がずれこんでしまったために混乱し、子犬ちゃんのようにガタガタ震えながら立ち尽くしているクマがいた。派遣だった。