いが西のピンチに山本が

 いがらし西高校は二時間目と三時間目の休み時間に入っていたが、二年一組の窓際にいた神林の声がその平穏な学校生活を一変させた。
「やばいよ、みんなやばいよ。俺たちはも終わりだ。校門のところに不良が来てるんだ!」
 弁当を食べていた山本とトイレに行っていた小寺・小林の連れション組を除いて、みんなが窓際に殺到した。肌色に広がっている校庭の一番奥にある校門が開けられ、そこに腕組みをした男達が大勢立っていた。
「あのスカイブルーの学ラン、いが北の奴らだな!」
「あいつら、異常に長い学校の昼休みを利用して殴り込みをかけてきやがったんだ!」
 いがらし北高校の昼休みは十時から十二時四十分まであった。
「どうするんだ。うちの学校には不良グループが無いというのに」
「偏差値が低い男子校なのに不良グループが無いなんて、うちの学校はどうなっているんだ。自然の摂理に反しているぜ」
「というか、不良グループが無いのに、いが北の奴らは何をしにおでましたんだ」
 その頃、職員室では、悪い気配を感じた軟弱な教師達が一斉にメガネを外し、全てをぼんやりさせて知らない振りを始めていた。
「一体、どうしたらいいんだ」
「別に放っておけばいいけど、なんとなく不安だぜ……」
 不良の情報はあっという間に広まり、いつの間にか、いがらし西高校の全窓が生徒の顔で埋まっていた。マイナーな教室の窓から顔を出して、自分の教室の生徒に「こっちの窓最高だぜ!」と声をかけ、得意になる奴もいた。
 その時、一組では、山本が弁当を食い終わり、大きな音を響かせて椅子を引いて立ち上がった。山本は早弁をするが昼休みにも食堂に行く痩せた帰宅部であった。カロリーが行き場をなくしていた。
「山本! やせの大食いの山本がついに!」
 みんなはゆっくりと窓際に歩いてくる山本の胸ポケットにささっている沢山のボールペンを、期待をこめて見やった。
「話は弁当食べながら聞いてました」
 山本は言い、山本のためにあけられた場所に立って窓の外を見ると、踵を返した。そして、財布をロッカーにしまい、南京錠をかけてから教室から出て行った。
「山本の奴、行く気だ。正門という名の戦場へ」
「大丈夫なのか。カツアゲを心配しているような奴に、まかせられるのか」
「しかも、クラスメイトまで疑っているんだぜ」
 みんなが心配していると、小寺と小林が帰ってきた。
「話は、汎用人型クラス会長ロボットの森本を通して、このメガネ受信機越しに聞いていたぜ」
「山本とは幼稚園から一緒の、幼馴染の俺たちが断言する、あいつならやってくれる」
 すると、森本が目を点滅させて反応し、自ら送信システムを解除した。すると、小寺のメガネの色が紫色から黄色に変わった。小寺は驚くほど笑福亭笑瓶のようになった。
「やってくれるって、何か、証拠があるのか」
 小林と小寺はそこで肩を組んだ。
「ああ。山本はな……お前ら、家で、窓のところにハチがまぎれこんでくることがあるだろう。山本はな、そのハチを、窓の開け閉めを駆使してなんとか外へ出す役目を、もう十年も勤め上げているんだよ。家族から頼りにされているんだよ」
「もちろん、刺されるのは怖いし部屋の中央に入ったら最悪だから、レースのカーテン越しにやるんだぜ」
「多くの場合、ハエ、もしくは、ハチみたいな奴、だけどな」
 小寺と小林の説明に、みんなは息を呑んだ。
「じゃあ、まさか、山本の奴」
「校門の開け閉めを駆使して……」
 小寺が自信たっぷりに笑った。
「そう、不良を外に出す気だ」
 窓の方を振り返ると、山本はもう校庭の中央まで行っていた。一組の誰もが、『アルマゲドン』を再見した時に出発前のブルース・ウィリスを見て感じるような気持ちをもう味わっていた。