敵は体育教師(リメイク)
誰よりも早くその言葉を叫びたい。シンゴは中学生にもなってそれしか考えていなかった。大人からは多感な時期といわれているはずなのに、シンゴはそれしか考えていなかったのだ。暇さえあれば女の子や注目の若手芸人やスラムダンクの続きのことなどを考えてしまうのが男子中学生というものだが、その中でシンゴは異端児だった。
今まさに体育の時間のシンゴは、行われている競技自体には本気を出さず、適当に逃げながら、その競技をやっていれば必ず一度はやってくるその瞬間を待っていた。
その瞬間は、一回目が何事も無く終わって、次の二回目にやってきた。
シゲちゃんが投げたボールが、岡田の顔に当たって大きく跳ねた。
「顔面セーフ! 今の顔面セーフ!」
体育館に響きわたった声は、シンゴのものではなかった。あんなに準備万端だったはずのシンゴの「顔面セーフだろ今の!」は空中に放たれはしたものの、太い大きな声にいとも簡単にかき消されてしまった。
シンゴはその声の持ち主をにらみつけた。
体育教師の村松も、シンゴの視線に気付いて不敵に笑った。どうだ、俺の「顔面セーフ! 今の顔面セーフ!」は。その顔と着慣れたジャージはそう言っているように見えた。体育教師は学校中をジャージでうろつきまわるが、行きと帰りは普通の格好をしている。
先週のバスケがいけなかった、とシンゴは思った。
そう、シンゴは先週の体育の時間、「トラベリング! トラベリングだろ今の!」と手を上げて叫ぶのに一生懸命すぎて、楽しそうにしすぎて、体育教師に漏れなく備え付けられている負けず嫌いな心に火をつけてしまったのだ。
シンゴは悔やんだ。「トラベリングだろ今の!」と「顔面セーフだろ今の!」では、主張しがいが二倍も三倍も変わってきてしまうからだ。