マサオの世界陸上

 別に何も成し遂げていないマサオだが、バスタオル3枚分のでかい国旗で身を包まれた途端、不思議なほど世界三位以内に入った気分になった。マサオはそのまま家を出た。
 マサオは体力には自信があり、世界陸上の女子マラソンで一番遅い人にギリギリで負けるぐらいの力を持っている。織田裕二をライバル視するほど世界陸上に熱を上げているマサオは、ワンツースリーフィニッシュを決めたケニア人達が他の奴ら倒れてしまっているのを尻目に、国旗を広げてトラックを元気に走り回っているのに最もシビれた。だから自分も走った。アラレちゃんが走る時のように腕を広げた姿勢で国旗を背中に広げて持つと、マサオはもう、二連覇したような、小学生なのに株取引で儲けたような、十代で自分の通帳を持っているような、二十代で起業したような、三十代で馬主になったような、すばらしい気分になっていた。
 マサオは往来の人々を次々と抜かした。そして肉屋の前で止まった。マサオは商店街の期待を一身に背負っているような気分でいたが、コロッケに関しては「買えよ」と言われてしまった。悲しい気分のマサオだがくじけない。マサオはいつもそう、あきらめない、へこたれない。物心ついた時から「雑草男」があだ名の第一希望。マサオはスニーカーの靴紐を小一時間かけて取り外すと、一個五十円のコロッケを買ってそこにぶっさそうとした。しかし、マサオの靴はボロボロで、靴紐を取り替えるというオシャレな発想も無いので紐もボロボロで、最初はついていた先端のかたくなってるとこが外れてライオンのしっぽみたいな状態になっていた。だからマサオはコロッケをほじくった。一番細いがために耳の穴をほるために使われる小指をここでも使った。肉屋の仕事も素晴らしく、火傷した。でも、やっぱりくじけない。マサオの目、死んでない。マサオはテーピングを巻いた時ほど無理する。マサオはコロッケの穴に靴紐を通した。そして、紐の両端をそれぞれの手で持ち、首の後ろにまわし、そこで結んだ。いいパン粉を使っていたので、マサオは、一位だ、と思った。改めて日の丸が重く感じられた。