超ボランティア

 ここは日焼けとサーフィンと桑田佳祐の町、湘南。そして海岸。マサヒコはすばらしい気分で海岸のゴミをつぎつぎと袋に入れていった。そんなマサヒコの背中からは、ボランティア参加者特有のある種のアドレナリンが、汗と一緒に分泌されているように見えた。
 マサヒコが袋をいっぱいにしていったん本部に持って行った時、マサヒコの胸もまた誇らしい気持ちでいっぱいだった。その時、マサヒコの心はゴミ袋とシンクロしていた。
「がんばってるね」ゴミ袋を受け取った人がマサヒコに声をかけた。
「ええ、いいことをするのは気持ちがいいですね」
 マサヒコが青空の太陽にも負けない百点満点の笑顔で言うと、本部の人たちは嘲笑するように笑った。
「失礼じゃないですか」マサヒコはムッとして言った。
「失礼なのは君のほうだよ」
 マサヒコが本部に来てから、ずっとただならぬオーラを放っていた老人がおもむろに立ち上がった。
「あなたは……」とマサヒコは言った。「最初に挨拶した人……」
 確かにその老人は最初に挨拶した人だったが、その時とはまるで、何かあのあといやなことでもあったのかと心配になるほど雰囲気が違っていた。マサヒコ的にはいいおじいちゃん的と受け取れた立派なヒゲも、今は鬼的なヒゲに見えた。
「どうしてですか。あなたは言ってくれたじゃないですか。頑張ってゴミを拾おうって。最初の挨拶で、そう言ってくれたじゃないですか」
 本部の人たちはそれぞれの仕事をしながら、チラチラと白い目でマサヒコを見た。断続的な軽蔑の視線を浴びながら、マサヒコのさっきまでの爽やかサワデーな気持ちはどこかへ行ってしまっていた。
「絶対にいい、ということは無い」老人は言った。「頑張ってゴミを拾うのはいいことかも知れないが、お前のすることで、傷ついたり、いやな気分になったり、不安になったりする人たちがいる」
「どういうことですか。ゴミを拾うのはいいことです。いいことをして何が悪いんですか」マサヒコは詰め寄った。
「これだからボランティア初心者は」と老人は呆れた。「そんな熱血な心は、ゴミと一緒に捨てることだ」そこで老人はマサヒコを指さした。「分別はしろよ」
「熱血な心を分別して捨てるだと。いや決して捨てられやしない。ぼくはこの熱い気持ちでゴミを拾うんだ。地球を救うんだ。ストップ、地球温暖化!」
 老人は、人の家に行ったらトイレが汚かった時のような人知れず密室の中で見せる露骨にいやな顔を開放的な砂浜におっぴろげた。
「あれを見たまえ」
 老人が顎でしゃくった方を見ると、一人の男がゴミを拾っていた。
「ただのボランティアじゃないですか」
「ただのボランティアだと」老人は怒ったように語気を強めた。「あれはな、超ボランティアの方だ。この湘南海岸に、群馬県からお越しだ。あの人の口元をよく見てみろ」
 マサヒコは群馬から来たことにまず驚いた。マサヒコは横浜市民だった。言われるままに目を凝らすと、その目に何か棒が飛び込んできた。
「あれは、ポッキー、あの人はポッキーを食べながら、いや違う。ポッキーじゃない。あれは歯ブラシだ。あの人は歯ブラシをくわえているんだ。でも、だからなんだっていうんだ」
「まだわからないのか」と老人は言った。「あの歯ブラシは、全国民に向けたメッセージだ」
「なんだって」
「あの歯ブラシには、俺は今歯磨きをしているのであってボランティアに精を出しているわけじゃない、という思いがこめられている。歯磨きしながらテレビを見始めたら離れられなくて、自分のしているのが歯磨きなのかテレビなのかわからなくなってしまう現象を利用して、あの方はボランティア特有の臭みを日常の中に閉じ込めたのさ。お前にできるか、プラークコントロールのついでに群馬県から湘南までやってきてゴミを拾うことができるか」
 マサヒコの頭の中を電気が駆け抜けた。へたりこんだマサヒコの肌から出た汗にべったり砂がくっついて、見ているほうはなんとなくいい気分はしなかった。
「そうだったのか。その点、ぼくは、ぼくのボランティアは」
「くせえくせえ」老人は鼻をつまみ、手を顔の前で横に振った。
 その声は、全国民の声だったかも知れなかった。くせえくせえ、マサヒコのボランティアはくせえくせえ。マサヒコはその日はもうゴミが拾えないほど打ちのめされ、医務室にかつぎこまれた。
 その時、超ボランティアの方の口の中では、今朝おろしたての歯ブラシが半年ほど使用したような状態でジャンバラヤ、帰ったら洗面所の掃除用にするつもりだった。それはともかく海に遊びに来るような奴はバカだから全員死ね、と思っていた。


※今日の創作のハイライト

くせえくせえ、マサヒコのボランティアはくせえくせえ。