かぶき揚げは友達か

 黒板に書かれた「かぶき揚げは友達かどうか」という下手な文字は、改めてぼくたちに、問題の複雑さと書記は立候補で決めるべきじゃないということを思い知らせた。
 事の発端は、クラスで浮きまくっているため「浮島真島」という「うつくしまふくしま」と同じ構造のニックネームをつけられた真島が、どういうわけか教育テレビのいじめを考える番組に顔を隠して出演していて、「友達はいる?」とお姉さんに問われて、「かぶき揚げ」と答えたことだ。記念すべき初めてのテレビ出演で、浮島真島は胸ポケットからあのおせんべいのかぶき揚げを取り出して、非常に濃いレベルのモザイク越しに不気味に笑っていた。
 ぼくたちにはモザイクがかかっていても、いつも着ているトレーナーや雰囲気で浮島真島だということがすぐにわかったし、PTAの方でも問題になった。そして今日、先生は放課後に臨時学級会を開いたのだ。
 ぼくたちはかぶき揚げが友達かどうかについて一生懸命話し合ってみたものの、「かぶき揚げはただのおせんべいだ」という学級委員長の槇原の発言がどうしても本当のように思えた。
「かぶき揚げとはかくれんぼも鬼ごっこも心理ゲームもできません」と吉岡さんも言った。
「でも、手助けがあればかぶき揚げもかくれんぼができるぞ」と長江が言った。
「そうだそうだ」と何人かが賛成して、「しかもかぶき揚げは多分最後まで見つからないぞ」と田村が言った。
 吉岡さんは気が強いので、勢いよく立ち上がると
「でも、心理ゲームは絶対にできないと思います」と鼻につく口調で言った。
 ぼくたちは考えれば考えるほどわからなくなってしまった。なんで女子はあんなに心理ゲームが好きなんだろうか。かぶき揚げとは本当に友達になれるんだろうか。いくら話し合っても、「だから所詮おせんべいなんだよ」と槇原がしゃしゃり出てきた。新しい意見は出なくなった。そもそも、最初から新しい意見なんてなかったんだ。
「じゃあ、かぶき揚げでなくて、お人形ならどうかしら。お人形は友達かしら」と先生が言った。
 ぼくはどういうわけか凄く腹が立った。立ち上がって、指をさして、叫んだ。
「先生がやっているのは、問題のすり替えだ! 浮島真島はかぶき揚げじゃなきゃダメなのに、先生は、それを人形と取り替えて、問題を簡単にしようとしてるんだ!」
 みんなから拍手がおこったので、ぼくはとても安心した。先生はそれを認めて謝った。ぼくはいい気分になった。
「先生、浮島真島にとって、かぶき揚げは友達なんだ。それをわかんなくちゃダメなんだ。ぼくたちの頭で考えたって、それはしょせんぼくたちのことなんだ」
 ぼくは先生の方を向いて喋りながら、その実、槇原に語りかけていた。
「浮島真島をここに呼ぼう。そして話し合おう」と槇原は言った。
 槇原はぼくの方を向いて微かに笑った。ぼくも嬉しかった。
 長江が、保健室に待機させられていた浮島真島を呼びに行った。長江が先に戻ってきてからしばらくして、階段を上ってくる音が響いてきた。ドキドキした。
 やがて、ドアの窓の向こうに浮島真島の顔がぼんやりと見えて、ドアが開いた。
 浮島真島はかぶき揚げを食べていた。何食わぬ顔でボリボリ食べていた。
 ぼくたちはその瞬間、机の中の教科書を猛烈な勢いでランドセルにしまいこみ始めていた。猛烈に時間を無駄にしたということに気付いて、さっさと帰りたかった。