スピード＆ビューティー（たかさんから）

創作

　速すぎて、そして美しすぎてあなたが見えない、いざ星の彼方へ。というキャッチコピーでならした女格闘家、速星美し子（はやぼしうつくしこ）は、会場入りの時点でもう速すぎてそして美しすぎて見えなかったので、会場入りしたのかどうかはっきりしなかった。
　しかし、勘で、まあ時間的にもう会場入りして、たぶんリングの上のあのあたりに見えないけどいるんじゃないか、ということで、
「試合開始！」
　となった。
　対戦相手の、おうどん一生懸命すす郎、は一ラウンド目のまだ元気なころのボクサーのように、小刻みなステップを踏んで右に左に弧を描くように動いているが、正直言って一人で馬鹿みたいだったので、観客は声をあげて笑った。
　おうどん一生懸命すす郎はしかし、気を抜いたらやられる、と思っているので、三十分ほど気を抜かずに、時々パンチを出して速星美し子を牽制するような動きを見せた。速星美し子も、それを気にしてか、なかなか手を出せないようだった。
　やがてパンチも出なくなって何時間かした時、おうどん一生懸命すす郎の疲労が目に見え始めた。目がとろんとして、昨日夕方頃に起きたのでよっしゃ今日というか次の日は夜まで起きていて体内時計を戻そうと思ったけど意外と早く朝九時ごろに限界が来たようなだらしない大学生の感じになっていた。
　その時、天から一枚のタオルケットが降ってきてすす郎の前に落ちた。おうどん一生懸命すす郎はタオルケットに手を伸ばし、体にかけるのかと思いきや、タオルケットを丸めてからそこに顔を押し当てて、動かなくなった。そうやって寝るんだ。
　テンカウントがなぜかこっそり始まり、終わった。大歓声が会場を包んだ。速星美し子が二回線突破だ。観客は、タオルケットが落ちてきた上空、速星美し子が多分あのへんにいるんじゃないの、いないかも知れないけど、という方向へ拍手を贈った。ヘリコプターの光が点滅しているのが見えた。
　今日の日程が終わり、おみやげ屋さんでは、見えないけど速星美し子ブロマイド、見えないけど速星美し子団扇、見えないけど速星美し子Ｔシャツ、見えないけど速星美し子ソーセージ、見えないけど速星美し子ふりかけ、見えないけど速星美し子ヘアヌード写真集などが飛ぶように売れた。