笑かしてくれミツル

 1年S組のミツルの話は、「まーおもしろい、まーおもしろい」と評判である。
 理知的さでは高校でも群を抜くという国語教師でさえ、ミツルがひとたび口を開けば、体育教師と全然変わらないように笑うという。
 クラス替えでは、ミツルと同じクラスになることがその一年を爆笑に過ごすことが出来る保障を得ることなのであり、爆笑フリーパスなのであり、誰もがミツルと同じクラスになりたいと願っていた。それは教師達でさえそうで、ほとんどの教師が、ミツルの担任をしたいと名乗りを上げた。副担任でもいいと名乗りを上げた。校長や教頭は「俺達だってやりたいよ! ミツルの話聞きたいよ!」と嘆いた。そんな風に、春から高二となるミツルに関わる人々の胸は、期待でいっぱいだった。
 しかし、しかしだ。皆、少し不安に思っていた。なぜなら、ミツルはこんな時、全員の期待を裏切って予測もつかないことをぶちかまして、同時に爆笑を生んできたからだ。クラス替えというイベントを「おいしい」と考えるミツルは、何かやってくるに違いない。
 だから興奮した皆はクラス発表の日、登校が早すぎだった。午前六時には、この春から高校二年生になるほとんどの生徒が登校していた。そこに、定刻から三分遅れてミツルがやってきた。そして開口一番、こう言った。
「お前ら、雪の日の小学生かよ。首都圏の」
 ドッ。登校から十秒にして爆笑を一つとったミツルは、さらに言った。
「そろそろ貼り出される頃じゃねえか」
 そうだった。ウオー。皆、我先にと掲示板へと駆け出した。ここでも、ミツルはあえて競歩で行くことで二つ目の爆笑をとっていたのだから恐れ入る。
 掲示板は、生徒でごった返していた。誰もが、自分の名前より先にミツルの名前を探した。
「ない。ないぜ。俺のクラスにミツルの名前が無い」
「ちくしょーミツル、一体お前何組なんだよ!」
 騒然とする生徒達は、ミツル本人を探した。直接訊いてやる。訊かなくちゃ。しかし、ミツルはいなかった。どこにいるんだミツル。まさか、あえて自分のクラスを見ないというボケなのか。それはあんまりいただけないぜ。
 その時、「俺はここだ!」というミツルの声がした。ミツルは、だいぶ遠いところにいた。皆、一斉に駆け寄る。ここでも、なんでそんなところにいるんだよミツル、という笑いをミツルはとっていた。
 もう一度、ミツルは「俺はここだ!」と言った。
「いや、わかってるミツル。見えてるよミツル」
「俺はここだ!」
「わかってるってミツル。ミツルわかってる」
「俺はここだ!」
 おかしい、あまりにしつこい。それはそれでちょっと面白いが、こんなにも天丼によっかかるミツルは見たことが無い。何か、何か理由があるはずだ。と思って、みんなはミツルの一挙手一投足に目を向けた。ミツルは、壁に突き立てた人差し指のみで体を支える面白ポーズをしていた。そこで笑いそうになる皆だったが、もはや注目はそこじゃなかった。注目すべき点は、ミツルの突き立てた人差し指の先にあった。
「ミツルは、ミツルは来年も一年だー!」
 巻き起こった爆笑は凄まじかった。その爆笑は吉本新喜劇二十公演分とも言われる。