カエル師匠1

「空に、お空に浮かんで溶けなはれ、ぼっちゃん」
 そんなかわいがってもらっていたけど他界してしまった執事らしき人の声が天から聞こえたのは六月の曇天のある日でした。
 それから僕の人生は、ただ、空に浮かんで溶けるまでの期限になったのです。
 どうすればいいんだろう。どうすれば僕は空に浮かんで溶けることが出来るんだろう。飛行機か、飛行船か、ヘリコプターか。どれも違うような気がしました。そして僕はついに、ちょうど一年後、一つの答えを導き出したのです。
 空気を吸い込みまくってカービー状態で浮かぶ。それがただ一つの答えでした。
 カービー作戦は、まかり間違えば命に関わることでした。だから僕は、偉大な師匠にカービー作戦の心構えを拝聴しに行ったのです。
「止めとけよ。破裂しちゃうぜ。何匹破裂したと思ってるんだよ」
 カエル師匠は、アジサイの葉に座って僕を諭しました。
「でも、空に浮かばなきゃならないんです。どんな感じなんですか? 肛門から空気を猛烈に送り込まれて膨らむのは、どんな感じなんですか」
「どうもこうもねえよ。おいおいおいおいおいって感じだよ。それしか思ってねえ。それだけだよ。やばいやばいやばいやばいやばいって感じだよ」
「そうなんですか。空気が入ってくる感じはあるんですか」
「あるよ。そりゃあるだろ。空気入ってんのに空気入ってる感じしなかったらおかしいだろ、空気入ってきてんだぞ。きたきたきたきたきたって感じだよ。でもそれが、すぐ、無理無理無理無理無理って感じに変わるんだよ。こえーよ」
「それから、どうなるんですか」
「少ししてから、痛い痛い痛い痛い痛いって感じだよ」
「痛いんですか」
「いてーよ。膨らんでんだから。そりゃいてーだろ。想像しろよそこは。でも、そういう間にもどんどん膨らんできてるから、もう痛いとかなんとかは言ってられなくなんだよ。割れる割れる割れる割れる割れるって感じだよ。タイムタイムタイムタイムタイムって感じだよ。いや、むしろタンマタンマタンマタンマタンマって感じだよ。言いやすいよ」
「そういう時は、止めて欲しい時はどうするんですか」
「もうアレだよ、こっちが謝っちゃうんだよ。ごめんごめんごめんごめんごめんって感じで。アレこそ、自然に出てくるごめんだよ。空気吹き込まれてる方が謝るんだからすげーよ。なんで謝らなきゃいけないんだよ」
「じゃあ、浮かび始めた時はどんな感じなんですか」
「浮かばねーよ。空気入っただけで浮かんでどーすんだよ。浮かんだらこえーよ。いよいよって時は、ほんと、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬって感じだよ。それだけだよ」
「浮かばないんですか」
「浮かばねーよ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬって感じだけだよ。何の得もねーよ」
 そうなのか。帰り道、僕は胸ポケットからストローを取り出し、へし折ってから泣きました。なんの得もねーのか、と泣きました。