雷様いい汗流す

 雷様は雲の縁にしゃがむと、しばらく下界を眺め、ため息を一つつきました。そしてから、四つ、立て続けにつきました。
「しょぼくれてんなあ世の中はよ!」
 雷様はもじゃもじゃの髪の毛を自らむしり取りながら、下界に向かって投げつけました。
「おもしれぇ奴はテレビの中にしかいねえのかよ!」
 雷様は思い切り唾を吐きかけました。もはや雷様にとって、下界は道路の隅っこや排水溝ぐらいの価値しかなかったのです。
「どかんと一発、やってやるしかねえのかな!」
 トラを殺して作った腰巻のきつさを調整して、雷様は立ち上がりました。
「見せてやるしかねえのかな! 俺はいつでもどかんと一発かませんだぞってことをよ!」
 雷様はそこで、怒りに震えるように、まだ足りないぞという風に、もういっそ腰巻を取ってしまいました。
「梅雨だって遠慮はしねえいくぞ!」


ドンドコドンドコドンドコドンドン
ドンドコドンドコドンドコドンドン
ドンドンカッカッ ドン カッ


 雷様は自慢の和太鼓セットを目にもとまらぬ速さで叩き、自分が今乗っている雲にライジングエネルギービートを充填していきます。ドンドコ。
「のってきたなあ!」
 雷様は三十分間に渡り、凄く男らしく太鼓を叩きました。そして、大きく息を吸い込みました。
「どうよ最近巷にー おもしれぇヤツぁいるのかー」
 なんということでしょう、今までの太鼓はちょっと壮大な前奏にすぎなかったのです。雷様はしょぼくれたつまらねえ世の中に対して、桑田佳祐の歌を歌い始めました。もちろん太鼓も引き続きドンドンドコドコ。
「どうよ最近巷にー おもしれぇヤツぁいるのかー」
 雷様はCMでやってるとこしか歌詞を知りませんでしたが、そのメッセージ性はメンズエステのCMにしておくにはもったいないものを感じておりましたから、何度も何度もリピートで歌いました。
「どうよ最近巷にー おもしれぇヤツぁいるのかー」
 のってきました。実にのってきました。雷様は猛烈に汗をかき、太鼓を叩くたびに飛び散る汗は、退屈な世の中に雨を降らせました。気付けば、雷様の乗る雲は、煙草を吸い続けた人のように、いかにも悪そうな真っ黒さになっていました。カッ。
「どうよ最近巷にー おもしれぇヤツぁいるのかー」
「陽気に笑い飛ばせばー 男前ってヤツーさー!」
雷様がもう一つ知っているとこの歌詞が火を吹きました。雷様はそれと同時に、一番高いところにあるシンバルを、ジャンプ一番、シャンと鳴らしました。凄まじい音を立てながら、電撃が腐りきったおもしろくねぇ世の中に落ちていきます。雷様は満足したように目を閉じると、握りしめていた手の力をゆるめてバチを落とすと、ステージ上で死ぬカリスマ性溢れるロックスターのように、スローモーションで後ろに倒れていきました。雲の上だからこそ出来る芸当です。すると次の瞬間、雲はもう、雷様が子供の頃そうだったような真っ白いモクモクしたものに変わっていました。雷様の体はいい汗にまみれていました。
おぎやはぎぐらいでいいんだけどなぁ」
 雷様は穏やかな顔でそっとつぶやきましたが、高望みでした。雷は避雷針に吸い込まれていました。