複眼竜マサトシ

 複眼竜マサトシは「それはこの俺、複眼竜マサトシが食べる」と凄みをきかせて言った。
 その、ふざけたガキどもを前にしてキレるちょっと前の体育教師のような鬼気迫った感じに、モガミ君は慌てて食べようとしていたものを差し出したのだった。
 複眼竜マサトシは、それを乱暴にぶんどって、恐ろしい筋肉のパワーを利用して丸め、口にもっていくと、岩をも砕く強靭なアゴの力で噛み砕いた。
「俺が食べているこれはうまい」
 俺流、モガミ君はそんな言葉を思い浮かべた。
「お前が食べていないこれはうまい」
 複眼竜マサトシは、高圧的に、ちょっとでも反論したら殴るぞ、というようなギョロギョロの眼力でモガミ君を睨みつけた。モガミ君はだから、適当に「そうなんだ」としか言えなかった。
「そうだ」
 モガミ君は黙るしか無かった。複眼竜マサトシは、黙々と丸めたそれに食らいつき続けるのだった。
 松本人志が時々やるような不気味な笑顔を見せながら半分ほど食べた、その時だった。圧倒的な羽音と大きな影が、複眼竜マサトシとモガミ君に落ちてきたのである。
「その小さめの昆虫をよこせ」 
 上空からの声に、複眼竜マサトシは、黙って下を向いていた。
「おい、聞いてんのか! よこせコラ!」
「すいません! すいません!」
 複眼竜マサトシは両手をあげ、昆虫を差し出した。
「だいぶ食いやがったな」
「食べかけですいません! 僕みたいな奴の食べかけで恐縮です!」
「まあいいけどよ」
「吐きます! 食べた分、吐き出します!」
「いいよ、汚ねえよ」
 複眼竜マサトシはしかし、既にあらかたを地面に放っていた。ゼエゼエいっていた。
「どうですか、お腹空っぽですけどどうですか。お腹空っぽですいません!」
「怖いよお前!」
 上空のオニヤンマは、複眼竜マサトシに恐怖して飛び立っていた。
 恐怖が遠ざかると、モガミ君はおそるおそる言った。
「マサトシ君……」
 複眼竜マサトシは、暫く黙っていた。しかし、ようやく落ち着くと解放感から急に涙ぐみ、「よかった、本当によかった」と言った。こんな大ピンチから逃れた時ばかりは、自称複眼竜マサトシも、大好きな歴史、特に戦国時代のことを忘れるのであった。
 しかしその前方には、獲物を掴んで飛び立っていくオニヤンマを取り逃がした小学生が「アキアカネでいいか」と迫っているのである。四つの複眼にその姿は映らない。今日は「その時、歴史が動いた」がやる日だというのに!