ペテン師の息子

「お父さんは、長崎でペテン師をやっています」
 この瞬間、誰かが「伏せろ!」と叫んだ。みんなは防災訓練の時と同じ動きをした。
「みんな、怖がることはないのよ。ペテン師も立派な仕事なのよ」
 先生はそう言ったが、みんなが納得するはず無かった。ペテン師という間抜けに見える言葉の裏には、その間抜けささえ利用して、間抜けさも込み込みでこっちをだまくらかしてくるようなイメージがあり、そんなものが社会的に認められるはずが無いというのは、生活科の時間でなんとなくにおわされていたことだ。
「大体、単身赴任のペテン師がいるかよ!」
「お父さんは、長崎でのペテンのプロジェクトからどうしても外れられない事情があって……」
 ペテンのプロジェクトだと。みんなは敏感に反応した。
「長崎で何をやってるんだ!」その言い方だと、集団で動いてるってことだな!」「どうせペテンするなら、正々堂々と一人でやれよ!」「言えよ、長崎のペテンプロジェクトのことを発表しろ!」
「ぼくは知らない。お父さんはただ、ペテンを……」
 ペテン師の息子の顔がゆがんでいく。やばい、泣いちゃう。先生の前で転入生を泣かせてしまうというみんなの不安は、すぐに現実のものとなった。ペテン師の息子は、手で顔を押さえて、うえっ、うえっ、と苦しそうに息を吸った後、泣き始めた。まずい、掌を返すんだ!
「ごめんな!」「お父さんはお父さんだよな!」「岡島くん、ごめんね!」「席は私の隣が空いてる!」「家はどのへん?」「岡島くんは何部に入る予定?」
吹奏楽部に入ろうかな、そんなこと思ってます」
 手を放してまっすぐ前に向けられた顔は、一言で言い表すならまさに「けろり」、泣いてもなんでもいなかった。
 ゴクリ。こいつ、本物だ、本物のペテン師の息子なんだ。みんなはこれからの学校生活、一つも気は抜けないということを確信した。気を抜いた瞬間、やられる。