ペガサスわっしょい

 わっしょいわっしょいと気分良く上げ下げしていた御輿の通り道に立ちふさがったのは、伝説の動物ペガサスだった。真っ白だ。
「こんにちは、私がペガサスです。真っ白です」
 ペガサスは羽を折りたたむとペガサスらしくないという理由で、羽を広げたまま話しかけてきた。
「わっしょい、なんだとわっしょい!」
「ペガサスがわっしょい、何の用だわっしょい!」
 御輿を上下させながら、はっぴを着たおっさん達が言った。ペガサスは満足そうに歯を見せた。
「みなさんのわっしょい、見させてもらいましたよ。そう、空からずっと見ていました。倉庫から出すところからもう見ていました。一番近づいた時で、御輿の6m上で見ていました。その時は、みなさんのわっしょいわっしょいで、私の一番弱点のお腹のところが不安な感じになりました」
「そいつはわっしょい、光栄だわっしょい!」
「わっしょいはわっしょい、凄いだろわっしょい!」
 しかし、いつまでもこうしていられない。暗くなってしまうとこれは明らかに危ないからだ。暗闇でかつぐ御輿はお祭り気分だからというだけで乗り切れるというものではない。おっさんだから別にケガをしてもいい、というわけでもなかった。
「どいてくれわっしょい! どいてくれわっしょい!」
 鉢巻きが一際ねじれたおっさんが叫ぶと、そのほか、思い思いに鉢巻きをねじれさせている男達も、それだよ宮内さん、という顔をした。
「どいてくれわっしょい! どいてくれわっしょい!」
「どいてくれわっしょい! どいてくれわっしょい!」
 最初はみんな、これだ、という手応えを感じたが、八回も繰り返すと、わずかな言いにくさがお腹に打たれるパンチのようにきいてくるのを感じ始めた。宮内さんは祭りの準備に何かと頑張ってきたのに、みんなの中で、まぎらわしい意見を言う人、場を混乱させる人、に格下げされ、そこからもう街角は、誰がいい言い方を開発できるかの発表会へと変貌していく。
「邪魔だよわっしょい! 邪魔だよわっしょい!」
「通れないわっしょい! 通れないわっしょい!」
「じゃーまなペガサス! じゃーまなペガサス!」
「御輿を通せよわっしょいわっしょい! 御輿を通せよわっしょいわっしょい!」
 どいつもこいつも決定打に欠けるなあ、とペガサスは思った。どのおっさんもなあ。あとわっしょいは入れろよ。
「古久根さんわっしょい! 出番だわっしょい!」
 自分達でも出来が悪いことがわかったのか、おっさん達は、おっさんの中で一番本を読んでいる古久根さんに託そうと大きな声で叫んだ。
「そこのけわっしょい! そこのけわっしょい!」
 古久根さんは待ってましたとばかりに叫んだ。実は古久根さんは言いたくて言いたくてしょうがなかったが、引っ込み思案なので誰かに訊かれないと答えられないのだった。だから古久根さんは今日はぐっすり眠れると思う。
「そこのけわっしょい! そこのけわっしょい!」
 ペガサスは「採用」と書かれた紙をくわえていた。そして、これで使命は終わったと言わんばかりに羽をバッサバッサさせた。微妙にペガサスの体が浮いた。
「そこのけわっしょい! そこのけわっしょい!」
 羽をバッサバッサしながらペガサスは足をバタバタさせた。連動しているらしい。その必死さは鴨の水の中にある足の頑張りを彷彿とさせたが、外から見えないので涼しい顔をしていられる鴨と違って、ペガサスは丸見えでかなり損だった。おっさん達はそれを見て、常識的に考えればすぐわかったはずのペガサスの飛びづらさを思い知った。
 ペガサスは地上30センチのところでバランスを崩した。フラッフラしている。羽と足をばたつかせながら右に左に白い巨体が揺れて、おっさん達はこんなに不安定じゃ心配になってくる。
「くっ」
 ペガサスがかなり不安な声を出した。その声を聞いては、おっさん達もそこのけわっしょいなどとは言っていられなかった。
「頑張れわっしょいペ・ガ・サ・ス! 頑張れわっしょいペ・ガ・サ・ス! わぁぁぁ……わっしょい!」
 そこに弱さが見えた時、おっさん達は相手が伝説の動物ということを忘れることが出来る。おっさん達の気持ちは年甲斐も無く一つとなり、おっさん達の肩にかかる重みは、これはもう御輿の重さじゃない。目の前にいる架空の動物を押し上げようと、おっさん達は力をこめて肩を上げ下げした。
「おっさん達が、私をわっしょいしてくれる!」とペガサスは言おうとしたが、そんな余裕無かった。ペガサスは声援に支えられるようにして体勢を立て直し、鼻息荒く、地面からだいぶ低いところをなんとか飛んで進んだ。時々足ついてたけど、汗が続々と目に入って見えなくなるおっさん達の優しさにも助けられ、ペガサスは一方通行の出口のところへなりふり構わず左折した。
「ペガサスわっしょい! ペガサスわっしょい!」
 パカラッパカラッという音を掻き消すように、心優しいお祭り好きのおっさん達は叫び続けていた。