移動動物園

 動物園の匂いのスケールを小さくしたような匂いの中、「楽勝ですよ」「腹減らしていきますよ」とモルモット達が言えば、「子供を魅了するために品種改良されたんですから」「この耳でイチコロです」とウサギ達が続いた。
「今度の幼稚園には、お前達だけじゃ足りないんだ」
 移動動物園アニマル本舗の園長は動物達に言った。
「何言ってるんですか園長。園児なんか、動いててちょっと臭けりゃ――」
「盛り上がるもんですよ」
 モルモットとウサギは人間の園長を冷やかすように片手を上げた。鼻のヒクヒクが加速して嘲笑してるように見えるが、あとで訊くと本人達は違うと言う。
「普通の園児なら、私だって安心していられる。モルモットとウサギを持ってって広げて見せてしばらくして帰ればいい。しかし、これを見てくれ」
 園長はそう言って、胸ポケットから折りたたまれた紙を取り出し、机の上に広げた。「なんだなんだ」「どしたどした」と、ウサギとモルモットがドラム缶みたいな形をした固形のエサを抱えて這い上がってくる。
「名簿じゃないですか」「名簿だ」「名簿名簿」
「そう、今度行く幼稚園の名簿だ。年長さんの、松5組を見てみろ」
 ウサギとモルモットは暢気にエサをカリカリかじりながら、松5組に目を走らせた。
「なっ!」
 口々にそんな声をあげながら、小動物の手からは思わず、固形のエサが時間差でこぼれ落ち始めた。外側が丸い形状なので、固形のエサはテーブルの上を、園長のいる方へ園長のいる方へと転がっていく。
「しまった!」
 我に返った小動物たちが叫ぶ。
 エサは刻一刻と迫ってきていたがしかし、園長は冷静そのものだった。出来れば床を汚したくないという一生捨てられない気持ちに嘘をつかず、両方の手と腕、使えるところは全部使って柵を作った。両手はきっちりと、指の中で一番長いことで有名な中指同士でわずかにつながれていた。固形のエサはそこで止まった。ウサギとモルモットの寿命が一年縮んだ。小動物からすると一年はかなり大事だった。
「二つわかったことがあるぜ」
 全身の毛を先ほどのスペクタクルで逆立てたまま一匹のウサギがつぶやいた。
「まず、馬場ジュンキチが転園していたってこと。もう一つは、このテーブルのたてつけが悪いってことだ」
 その名前がいよいよ口に出されて、園長も小動物も緊張を新たにした。言う順番は逆にしたほうがよかったことを注意するのも忘れていた。
 馬場ジュンキチがあの日、東京都練馬区の幼稚園で「これで一人2000円はぼったくりだ!」と叫んだあの日のことを忘れた者は一人も、一匹もいなかった。まさか奴が、今度は埼玉県越谷市に居を構えていようとは。
「だから今回は、ポニーさんの力を借りようと思ってる」
「ポニーさんの腰の調子は大丈夫なのかい」
「さっき聞いたところだと、二十分間隔で四人ぐらいはいけるそうだ」
 そうかそれなら、という雰囲気が出来てきて、これで会議はお開きかに思えた。しかしここで、あいつらの心になぜか火がついた。特に理由も無くゲージの中を動き回るあいつらの心に、特に理由も無く火がついた。
「今回は俺達にまかせてくれ」
 それは、集客力でいえばカブトムシと同程度というモルモット達だった。
「ポニーさんだけじゃなく、ウサギの皆さんもどうかゆっくり休んでくれ」
 ウサギ達はそのでかい耳を疑った。
「馬鹿な。ウサギとモルモットが組んだってかなりやばいのに」
「そのウサギもいらねえって言うのかよ」
「自殺行為だよ! モルモットだけ持ってって移動動物園を名乗るなんて、自殺行為だ」
「いきなりどうしたってんだ!」
 ウサギ達はここぞとばかりに大騒ぎした。
「実験動物の底力、見せてやりたいんだ」
 モルモット達は凛として立っていたが、特に作戦とかは無かった。