コンパスや分度器は使用してはいけません

 武器はコンパスただ一つ。相手も条件は同じだが、どうやら相手はコンパス術を嗜んだこともあるらしい。
 昨日、工場の跡地。相手は最初、囲碁での勝負を求めてきたが、俺は囲碁を知らなかった。なら五目並べで、と相手は言ったがそれも俺は駄目だった。俺は「ごめん」と謝った、何も出来なくてごめん。俺はどうにか「太鼓の達人」での勝負に持ち込みたかったが、相手の話術は巧みで、俺は「うん、うん」と頷くだけになっていた。途中からあんまり聞いていなかった。相手が急に大きな声で「ならばコンパスで勝負だ!」と言うのに対して三回も断るのはさすがにちょっとあれなので「うんわかった」となったのである。
 俺は、コンパスをどこに突き立てれば最も効果的であるかを、勝負当日の朝に考えた。本当なら前日の夜に考えればいいのだけど、睡眠をとることが大事だし、それに、人間は起きてから三時間経たないと脳が活発に動かないらしい、と受験生みたいなことを考えて、夜十時に就寝、朝の六時にばっちり起床したのである。決闘は午前九時に工場跡地なので、ぴったりだ。俺は、コンパスを突き刺す場所で一番被害が及びそうなのは心の臓だが、殺す気は無いので却下し、同じ理由で首や頭も却下、却下却下の連続の後、尻の肛門ではない部分と結論付けた。時計を見ると、六時十分。まだ全然時間あるじゃん、と俺は二度寝した。
 起きると、八時だった。最初はあせったが、充分に睡眠をとったことが今考えると逆に良いかも知れない、と早起きできなかった受験生みたいなことを考えて、俺は工場跡地に向かった。しかし、昨日は相手の車で送ってもらったから場所がわからない。相手もなぜわざわざ俺を工場跡地へ送って話をしたのか謎だが、多分そこで闘いたいので、俺に場所を知らせる目的で連れて行ったのだろう。それか車を自慢したかったのかのどっちかだ。確かにあれはいい車だった。なんてったってエアコンが後部座席のとこにも着いていた。あったかかった。あんな車にはついぞお目にかかったことがない。
 とにかく俺は家を出た。遅刻したらどうしよう、乗り換えわかるかな、と受験生みたいなことを思いながら早歩きした。電車に乗り、乗換えをした。大丈夫だ。駅へ着くと学生の集団ががごった返している。この人達についていけば平気だろう、と受験生みたいなことを思って知ったような顔でついていき、チョコレートで糖分を補給し、難しい試験を受け、一週間後、合格の報を受けた。俺は狭き門を見事通過したのだ。
 合格の知らせがきた夜、俺は「やっぱりよく寝たのがよかったんだと思う」と受験生みたいに母親に言った。母親は「調子いいんだから」と笑い、それから「お父さん遅いわね」と言った。御馳走がテーブルを彩っている。俺は高校生活を頑張る。