転入生と缶蹴り

「大丸シュウジ、缶蹴りが得意です。放課後は僕のものだ」
 そんな自己紹介をされた日にゃ、ガキ大将的ポジションの森君どころか私達だって我慢できませんでした。早速、その日の放課後に彼を呼び出して缶蹴りに持ち込みました。
 まず、仲間の堀本が缶を地面に置いて、それを中心にした半径二メートルの円を描きました。彼はその一連を、クラスメイトの作文のミスを見つけようとするようないやらしい目で見ていました。
 さて、ジャンケンをおっ始めようとしたその時です。
「ちょっと待てよ」
 彼は缶に歩み寄るとそのまま手に取り、私達に見せるように掲げ、それからグシャリと握り潰しました。
「これ、アルミ缶じゃねえかよ。缶蹴りはスチールって、そんな常識も知らねえのかよ。ベッドタウンの子供達は」
 彼は外人が日本人はサッカーが下手だと決めつける感じで言いました。私達は瞬間的にイラッとしました。と同時に、そういえば缶が全然飛ばないしすぐ二、三回で潰れて立たなくなるのはアルミ缶だからだったのか、あと時々やたら缶が長持ちしていい感じだなと思うことがあったけどあれはスチール缶だからだったのか、ということに初めて気付いたのです。すると、イラッはどこへやら、私達は恥ずかしさに俯いてしまうのでした。
 パチ、パチ、パチ。
 下を向いてしまった私達の後ろから、拍手の音が聞こえました。森君が、岡上とシュウタをかきわけるように出てきました。
「いやあ、すまないすまない。大丸君、君を試したんだよ」
 私達は森君の機転に感心しました。そして、それに乗っかることにしたのです。
「見事だ」「当然といえば当然だが、それをわかっていない小学生は意外と多いからね」「第一関門突破というところか」「サッカーボールで代用する奴らいるけど、あれは鬼がかわいそうだからね」「飛びすぎるんだ」「車の下にも入るし」「花壇とかもめんどくさい」「しかも、取るだけならまだしも元の場所に戻るってのがしんどい」「そうそう」「ほんとそう」「だからスチール缶、そんなのはそう、当たり前のことだ」
 森君は私達の話を途切れさせること無く、巧みに接いでいきました。なぜ森君がこんなにも話を伸ばそうとするのかわかりませんでしたが、ヒコジがコーヒーの空き缶を持って、これも後ろから現れた時、合点がいきました。ヒコジは息がきれていました。
「試して悪かった。じゃあ、この缶で始めよう」
 森君はヒコジから缶を受け取り、円の中心に置きました。それと同時に、思い切り蹴ったのです。それは森君がよく使う技、「急に始める森」でした。私達にはそれが染み付いていたので、一目散に駆け出しました。逃げ出す反応が少しでも遅れてしまった人が鬼になるという、良心を利用するえげつない技です。
 二十秒後、私達は物陰から校庭の中央に目を向けていました。彼はちょうど缶を持ち帰り、元の場所に置いたところでした。
 私はいつものように、ウエストポーチから小型トランシーバーを出しました。早速森君から連絡が入りました。
「こちら森、ミニ四駆作戦を決行する、どうぞ」
「いきなりミニ四駆ですか、どうぞ」
「容赦はしない。奴が十メートル離れたところで一斉にいく、どうぞ」
「了解」
 四方八方に散らばったメンバー全員に指示がいきわたったところで、私はミニ四駆をウエストポーチから取り出しました。
 スイッチに手をかけて校庭を見ると、彼がちょうど十メートル離れようというところでした。幾千回の缶蹴りから私達が会得した距離感が、この時ほど冴えたことはありません。缶の位置が同じであるなら、私達はセンチ単位で距離をつかむことが出来ました。
 彼がじりじりと缶から離れていき、とうとう十メートルに達した時、私はミニ四駆をスタートさせました。
 すぐに、校庭の中央に向かって沢山のミニ四駆が走ってくるのが見えました。
 彼はあせっているようでしたが、缶蹴りに自信があると言うだけのことはありました。十数個のミニ四駆が近づいてくる中で、缶に正確に向かってくるものとそうでないものの見分けをつけたのです。缶に向かうものを彼は足で止め、ひっくり返し、また次のものを止めてひっくり返す作業を始めました。そうでないものはそのまま走らせておきました。最善の方法であると言えるでしょう。
 しかし、その無視した中に一つ、森君が学校の屋上から操るラジコンが混じっていることは、さすがの彼も気付かないようでした。森君はこうして転入生の鼻っ柱を折ってきたのです。缶蹴り云々言わない転入生に対しても同じでした。私も、その一人だったのです。