まだまだ小学三年生

 サンドイッチについてるパセリ食べれる食べれない論争に決着をつけたのはやっぱり淀川タケシだった。
「食えるけど食わねえよ」
 こんな時、頼りになるのはいつもタケシだった。
 チョコボールのキャラメル味はありかなしか論争の時も、チューペットは何かついてる方かついてない方か論争の時も、いつもいつもタケシは答えを出してくれた。迷いやすい小学三年生の目には、タケシは何でも知っている大人のように映った。「キャラメル味はねえよ」「何かついてる方に決まってんだろ、持ちやすいし。それにあそこに入ってる汁を吸うので十五秒近く稼げるだろうが」こんな風に迷いの無い明快な答えを出してくれるタケシの存在はみんなの中で日増しに大きくなっていった。稼げるってなんだと思いながらも、みんなは何かあればタケシに相談した。
 それはもうすぐ夏休みを迎えるという日だった。
「大変だみんな!」
 古谷タクミが教室の後ろのドアから転がり込んできた。みんなは席を立ちながら振り返った。ガタタ、ガタ。
「最近のチューペットは何かついてる方じゃない方にも何かついてるんだ!」
「どういうことだよ」
「何か、もっと、今まで言ってた『何か』のシンプルなやつが、逆側についてるんだ。長い乳首みたいなのがついてるんだ、俺見たんだ」
 教室は一瞬騒然とした。
「長い乳首だと!」
「あのプラモデルのどこに使うかちゃんと説明書見ないとわかんないようなでもおそらく膝か肘の関節部に使うと思われる部品みたいになってるとこ、がついてる方じゃない方にそんなものがついてるっていうのかよ!」
「ああ、そうだ。そのプラモデルの細かい部品みたいなのがついてる方とは逆に、風邪薬のカプセルみたいな形のがくっついてるんだ」
「それじゃあいったい、俺達はどっちの方を選べばいいんだ」
 みんなは一斉に振り向いた。
「タケシ!」
 タケシは『ウォーリーを探せ』的なゲームをノートに自作していた手を止めてみんなの方を向いた。タケシの右手の小指沿い外側は案の定黒くなっている。
「そうなったらもう、どっちでもいいだろ」
 みんながタケシから聞きたいのはそんなことじゃなかった。もっと、ごちゃごちゃしてる方が通りが悪くて長く時間を稼げるだろ、とかそういうことだった。もしくは、お前ら両方食うって発想無いのかよ、とかそういうことだった。でも、タケシは、どっちでもいいだろ、と言ったのだ。
 困ったみんなは、またノートに向かってしまったタケシの方を前にして立ち尽くしていた。
 が、やがて「よし、『タケシを探せ』ゲーム完成、やる人」と言ったタケシの元に殺到した。タケシの人心掌握術は小三にして来るところまで来ていたし、みんなの小三っぷりもいけるところまでいこうという感じだった。みんなの胸には、この先もこうして楽しくやれるはずだという期待があった。揚げパンでまだまだはしゃげるはずだと信じていた。みんなは大人であるタケシの言うことを鵜呑みにし続けることで小三らしさを無意識にキープしていたのだ。
 この日のタケシの発言は、みんなの心に小さな亀裂を走らせることとなった。その僅かな隙間から、中学生が見え隠れしていた。聞き慣れない校歌のメロディーが漏れ出していた。