超級紳士

 今夜のパーティーにも、その男は出席していた。
 名を、フォー丸山紳士郎。数あるパーティーに出席して、主催者の絶賛を受ける伝説の超級紳士である。
 歴史あるダンスホールで行われる今夜のパーティーは、「お面セレブ入り乱れダンスパーティー」と題され、社交界でも名の通った面々が、各々の地域で行われた祭りで自腹を切って購入してきたお面を装着して出席することが義務付けられた、一風変わったパーティーである。お面を忘れた者には、主催者側から一方的にキテレツ大百科のトンガリのお面が支給され、セレブリティー層にはほとんど知られていないそのキャラクターの説明に苦心する事になる。「ドラえもんでいう所のスネ夫」という説明も、実を言うとあまり的を射ていない。というのは、そもそもキテレツが「ドラえもんでいう所ののび太」では無いからである。それを踏まえると、お面を忘れることはパーティー会場での死を意味するのである。しかし、それでも忘れる者はいて、結局は数人のトンガリが会場内をうろついた。
 セレブ達は、血眼になってフォー丸山紳士郎を探した。
 しかし、お面をつけているため、その存在は確認できない。話をしても、フォー丸山紳士郎は七色の声色を操る為、確認が出来ないのである。セレブ達は、「どこなの紳士郎」「丸山を探して」とフォー丸山とわざわざ言う時間を惜しんでまで、フォー丸山紳士郎を探したが、見つからなかった。
 その騒ぎを見てたまりかねた主催者から、一つの発表があった。
「フォー丸山紳士郎様は先程帰られました」
 エルモやバットマンドラえもんにディズニー映画の白雪姫などが口々に「なんだって!」「なんですって!」と叫び声を上げた。「フォー丸山紳士郎のいないパーティーなんて!」と席を立って帰ろうとするミニーマウスもいた。一人のトンガリが「そんな馬鹿な!」と言えば、スヌーピーが「本当は参加していなかったんだろ!」と叫んだ。
「気づかなかったのかいあんた達」
 主催者側が反論しようとした時、バーカウンターの椅子に座っていた一人の女、峰不二子のお面をつけた女がストローの挿されたグラスを傾けながらつぶやいた。
「なんだあの女は!」「なんのお面だあれは!」「俺知ってるぞ!ルパン三世に出てくるダイナマイトボディーの女だ!」「モンキーパンチ、モンキーパンチ先生が生みの親よ!」「そして俺のがルパン三世だ!」
 ロビンマスクや怪物くん、ピーチ姫にルパン三世が争うように声をあげる。
「フォー丸山紳士郎は確かにいたのよ。トンガリの面をつけてね」
「なんだって!」「紳士郎がお面を忘れたって言うの!」「まさか、あのフォー丸山紳士郎がお面を忘れるなんて!」「こいつはまったくの盲点だよ!」
「ちょっと待てよ! トンガリってのは俺がつけてるコレのこと?」
 トンガリの一人が顔を指さして叫んだ。
「そうよ」「そうよ、トンガリ」「紳士郎と同じようにお面を忘れたのね、あなたも」
 少数の人間から返事があった。
「ちょっと待ちなさいよ。あなた達は勘違いをしてるわ。紳士郎のトンガリ、あれはおそらく自前よ」
 峰不二子はそう言って、お面の隙間からストローでブランデーを啜った。
「なんだって!」「なぜわざわざ知名度の薄いキャラクターを!?」「しかも格好悪いじゃないか!」
「紳士郎は、社交界に嫌気が差したのよ。社交界は優美華麗なものばかり好んで、大切な何かを忘れてるんじゃないかしら? それを思い出させるために、紳士郎はあえてトンガリの面をつけて参加したのよ。トンガリがいてこそ、キテレツ大百科は成り立つ、社交界もまた然り。紳士郎はそれを伝えたかったのよ」
 会場は、水を打ったように静かになった。そして次の瞬間、大きな歓声があがった。
「フォー丸山紳士郎……彼こそ社交界の革命児だ!」
「私達は、キテレツとコロ助とミヨちゃんで大百科を完成させようとしていたんだわ!」
「彼こそ、社交界と言う名の小麦粉卵にパン粉をまぶして揚げたらコロッケだよ!」
「キャベツはどうした!」
 会場内は、フォー丸山紳士郎への賛辞の声で埋め尽くされた。ある者は涙を流し、ある者は過呼吸気味になった。「藤子先生万歳!」と叫ぶ者もいた。
「いや、キテレツ大百科って何だよ!」
 知らないキャラウターのお面を強制的につけさせられたためにまったくパーティーを楽しめなかった哀れなトンガリが叫ぶと、その日一番の、そして最後の笑いが起こった。そして、パーティーは幕を閉じた。
 最後に叫んだそのトンガリこそ、他でもないフォー丸山紳士郎だった。紳士郎は家に帰ると、自宅リビングでスパイダーマンの面が月光に冷たく照らされているのを見た。