カルチャーセンター

 講師は「今日はこれを書いてもらいます。ジャジャン」と言いながら、ホワイトボードを回転させた。
 そこには『スベらない話』と書かれていた。受講者達は、「えー」「ハードル上がるなー」「ハードル上げてくるなー」「もうやる前からハードルが上がってますやん」とハードルハードル言った後、フリップを手にした。
「開始5秒前、4、3……」
 講師はテレビ的なあの有名な「2・1」を言わないという業界テクを見せながら、大音量のヘッドフォンと浜ちゃんと伊藤四郎の番組でお馴染みの愉快なアイマスクをつけた。
「今何が起こってんの? 今どうなってんの?」
 受講者がフリップに何を書くか考えたりあるいは書いたりしている静かな部屋に、講師のはしゃいだ声だけがこだました。
「みんな! ねえみんな!」
 講師が手を前に出すようにして叫び続けると、そこで受講者達は、口々に叫びだした。「うるさいんですよ!」「今書いてますから!」「ちょっと自由すぎるでしょ!」「この人、自由やなぁ〜」「どこまで寂しいんですか!」「なんでテンションあがっちゃってんだよ!」
「ちょっと、ちょっと皆さん」受講者の一人が立ち上がった。だんだんと静かになった。「あの、言ってもね、聞こえてませんから」
 ドッと笑いが弾けて、受講者達はまた書き始めた。
「急に静かになったな」
 クスクス笑いがどこかから漏れたが、おおよそ静かなままだった。
 しばらくして、受講者達は顔を見合わせた。全員が書き終わったからだ。講師はまた「また不安になってきた! また不安になってきた!」と叫び始めた。
 一番近くにいた受講者の一人が、立ち上がった。みんな彼を見て、頷いた。その頷きは、仮想ADを設定した上での「スタッフさん早く」を表していた。「スタッフさん早く」「スタッフさん早く」「収録おしてるから」「おいAD」を表していた。
 仮想ADは講師のヘッドフォンに手をかけた。
「うおビックした!」
 講師は飛び上がって叫んだ。でも、その後すぐに開かれたヘッドフォンから音楽は少しも漏れてこなかった。しかし数秒して、音楽が流れ始めた。講師の自前バラエティ小道具(MDプレイヤー)は、ミヒマルGTのベストアルバムを使用したために曲間があったのだ。みんなここぞとばかりに詰め寄った。
「一回終わってもうてますやん!」「聞こえてんじゃないですか! しかもこれ今三曲目だから曲間二回目でしょうよ!」「きたなっ!」「きたないよなぁこいつ」「ちゃんとやってくださいよ!」「テレビなめないでくださいよ!」
 講師は受講者達の反応を聞き、そこで急に真面目な顔になった。雰囲気を感じ取った受講者達は前のめりの姿勢を止め、少しずつ後ずさりして止まった。講師はネクタイをゆるめ、ある受講者を見た。
「おい」
 講師の首を斜め後ろに傾けながらの呼びかけに、その男性受講者は返事をしなかった。いや、出来なかった。
「他、全員座れ」
 受講者達がその場に座ると、先生は喋り始めた。座ることを許されなかったそいつは手を後ろに組んで緊張した。
「お前今、『きたないよなぁこいつ』って関西弁のイントネーションで言ったよな」
「は、はい」
「誰が松本人志やっていいって言った」
「はい」
「はいじゃねえだろ!」
「すいません」
「聞こえねえよ」
「すいません!」
「身の程知らずが!」
 講師は怒鳴って、『バラエティ番組における振る舞い講座』という貼り紙がされたドアを乱暴に叩きつけて出て行った。受講者達は完全に一般人に戻って、「受講費払ってるんだからこれで終わりになったら損ですよ」「ちょっとあなたどうしてくれるんですか」「なんで松本人志やったんですか」「僕なんか不服だけど堤下をやったんですよ」「でもあんなに怒らなくたっていいのにねぇ」「でも、笑いってやっぱり厳しいものですから」などと話し合うのだった。授業の一環としてのドッキリだとは知らなかった。