ポケットのいっぱいついたようなベストの男、腹が減る

 釣り人はそのへんで拾った硬そうなテカりめの石を釣り針に研ぎつけていた。
「空を掴むようなものですな。シマントを釣るだということは」
 村長は布団に入ったまま言った。その態度は、客が来てるのに先に寝るという態度は、老人は寝るのが早いついでに起きるのも早いという当たり前のことを釣り人に思い起こさせた。
「電車を乗り継いで待ち時間含めて東京から4時間のむき出しの自然を前にして、俺は確信したんだ」
「東京のお方は言うことが違いますな」
「俺の仮説が正しければ、奴は釣れる」
 釣り人は仕上げに針へ息を吹きかけると、満足そうに笑った。そして立ち上がった。
「何を?」
 釣り人は答えず、部屋の隅に重ねてあった箱の一つを開けた。そこにはせんべいが入っていた。
「ああ」
 村長はため息をもらした。しかし、布団から動こうとはしない。あったまってきた布団を出ることとせんべいを食べられることがフィフティーフィフティーの様相を呈して寂れた日本家屋の中で競り合っていた。
 その間に、釣り人はもう中のせんべいをボリボリだしていた。ごませんべいを。
「一年に何度か、せんべいが異常にうまい時がある。今日みたいに」
「波はあんたに来ている」
 せんべいのことを諦めた村長はそう言って、寝息を立て始めた。
 釣り人はそれを横目に、別の箱に入っていた袋に12個ぐらい入りのあんドーナツがこれまた一つずつ袋に入っているものも二つ三つモスモスしてから、こうつぶやいた。
「川そのものが実はでかい魚だという俺の仮説が正しければ……」
 釣り人が座禅の格好で眠りについた頃、時計は2時をまわっていた。
 翌朝、というには遅すぎる時間、嘘をつくならかなり早朝しかないと思っていた釣り人はお昼のバスに乗り込み、東京へ向かった。