やっぱりちょっとぐらい考えてから書き始めたほうがいいって書き終わって思った

 私が玄関で靴をはこうとしていると、「デイジーにお別れは言ったのかい?」と父が言った。
 私は何も言わずに左足の靴の紐を結び、それから右足の靴に足の甲まで突っ込んでから、紐をほどいた。
「言えよ!」父は叫ぶと同時に、私の右足の靴を乱暴にとりあげた。
「返してよ」私は言った。
「じゃあ言えよ! デイジーにお別れを言ったのか、言えよ! セイドのかセイべきだろ!」
 私はセイドとかセイについて少し考えて、ああそういう意味か、と思った。父は伝わり具合よりも直訳具合を重視したのだ。
「まだ言ってないよ。靴を返して」
「言ってないのかよ!」父はドアの真ん中に嵌っていた曇りガラスを叩き割った。ガラスが砕け散る大きな音がした。「まだ言ってないのかよ!」
 私は驚いて、そこで初めて前を向いたが、そこにはもっと驚くべきことがあった。ガラスの無くなったところに、デイジーの姿が見えたのだ。デイジーは血だらけだった。
「血だらけ!」父が叫んだ。
「血だらけよ」デイジーは落ち着いていた。その落ち着きは、デイジーがピアノコンクールで見せる落ち着きと同じものだった。そう言えば聞こえはいいが、デイジーはピアノが下手なのに落ち着いてばかりいるので、一度も賞をとったことが無い。
 血にまみれたデイジーはドアを開けて中に入ると、私にカラフルな包装紙で包まれた何かを差し出した。
「引っ越すって聞いて、プレゼントを持ってきたの」
「黙っててごめんよ」私は言った。
「いいの。開けてみて」
「さっさと開けてみろよ!」父は靴箱の取っ手にぶら下がっていた靴べらを手刀一発でへし折った。
 私は破らないように慎重に包みを広げた。こういうところが大雑把な男は嫌われると思ったからだ。プレゼントが姿を現した。
「こ、これは」私はデイジーの目を見た。「靴べらじゃないか」
「そうよ」
 父がそれを手に取ってしげしげと眺めた。
「こいつは上等なものだ。大事にするんだぞ!」父はそう言って、その靴べらをへし折った。
 デイジーは落ち着いていた。靴べらは先端が残っていればまだ使えることを知っていたからだ。つまり、うちにはまだ靴べらが二つあり、そしてまた、それを使わなくても靴は別にはけるということさえ、デイジーも私も知っていたのだ。