ボクシング事始

「俺、ボクシングやるよ!」ヘルシロウは土砂降りの路地裏で地面に這いつくばって叫んだ。
 近藤はその言葉を聞いて立ち去ろうとするところを止まった。
「俺にはボクシングしかないんだ!」
 近藤はヘルシロウを睨みつけた。ヘルシロウも負けじと睨み返してくる。これは本気と書いてマジなのかを試す最後のテストなのだ。
 近藤は思った。ヘルシロウの野郎、あの日の夜と同じ目、羽生義治の自伝を読んだ日の夜、急に将棋を指し始めた時と同じ目をしている。
「てめえついてこいよ!」
 靴も浸かる雨の中、近藤は走り出した。ヘルシロウも後を追った。
「明日のためにその1ってわけか!」ヘルシロウが叫んだ。
 近藤はそれを聞いてわかった。ヘルシロウ、てめえ、BSアニメ夜話で『あしたのジョー』を見まくっていやがるな。
 近藤が飛び込んだのは古本屋だった。
「明日のためにその1、『はじめの一歩』も読むべし! 読むべし!」
 近藤の気がかりは、もうあと『リングにかけろ』と『がんばれ元気』を読ませたら、もうボクシング漫画が思い浮かばないということだった。飽きっぽいヘルシロウにそれじゃ少なすぎる。高橋陽一のあれは読ませないほうがいいような気がした。石渡治の絵は好きになれなかった。